(私の折々のことばコンテスト2018)はっとした、心にしみた
心に響いた「ことば」とそのエピソードを作文に――。哲学者・鷲田清一さんの朝刊1面コラム「折々のことば」にならって中高生がつづる「私の折々のことばコンテスト2018」(朝日新聞社主催、朝日中高生新聞共催、Z会、栄光ゼミナール特別協賛)に2万7404作の応募がありました。最優秀賞と各部門賞を紹介します。
■最優秀賞 塚原常暉(つねあき)さん(鹿児島 ラ・サール高2年)
あんさんが思っとるほど足下には何もなか、やけん前でも見て歩きんさい
(バス停のおばさん)
◇
受験が近づくとどうしても不安からか頭が下を向いてしまう。塾から自宅へ帰るとき先日受けたテストがふるわず僕の頭も下を向いていた。「元気無かね」。僕が帰るときにいつも水をまいているおばさんに声をかけられた。正直言ってイラッときた。受験前で焦っていたためか好意からの声すらも煩わしく感じていた。明らかに不機嫌な顔を見せたのにおばさんは話を続ける……。「あんさんが思っとるほど足下には何もなか、やけん前でも見て歩きんさい」。何も知らないはずなのに、何でも知っているように話す。軽くなった。
今では無事高校に入ることができ、もう二年が経とうとしている。大学受験が見えてきた今、もう一度この言葉を思い出す。
■塾帰り、次がんばればいいと気付かされた
まさに一期一会の「ことば」だった。
中学2年、夏季講習の帰りで佐賀市内の自宅近く。普段の自転車ではなく歩いていた。おばさんは花の手入れのボランティアのようだった。話したのはこの一度きり。どこの誰だか今もわからない。
塾のクラス分け試験で降格したばかりだった。「この時期に成績が下がると持ち直せない」と言われた。落ち込んで不安な心に、「次がんばればいいだけの話だ」と気付かせてくれたように感じた。
「志望校に合格できたのは、おばさんのおかげです。すごく感謝しています。いなかの良いところですね。都会なら知らない子に話しかけないだろうから」
今回の作文を書こうとして、友人らのことばもよぎったが、ふと3年前の夏を思い出し、一気に書き上げた。
1年後は医学部を受ける。将来は小児外科医を目指したい。「小さい子が好きだし、細かい作業が得意だから。つらいことも多いだろうけれど、おばさんのことばを思い出して進んでいきたいです」
【中学部門】
■鷲田清一賞 宮武和花(わか)さん(広島女学院中1年)
何にもないから新婚みたい
(おばあちゃん)
◇
今年の七月六日。大雨で学校が休み。ごろごろしていた時です。母の衝撃的な一言。「真備が沈んでる!」。おばあちゃん家(ち)はあの真備町にありました。まさに七夕の悲劇でした。初めて片付けに行った日は本当に何もなくて驚きました。そんな絶望的な場面でおばあちゃんが発した言葉がこれです。「何にもないから新婚みたいね」。私には悲しいからわざとそう言ったのか、素直にそう思ったのかなんて分からないけれどなんだか忘れられませんでした。どちらにしてもこの場面でポジティブにこう言えたことはすごいと思います。
暗くて怖かった廊下も閉めるのがうるさいと怒られたドアももうないけれど、たくさんの思い出とこの言葉を大切にしたいです。
■水害にあっても、いつものように笑顔
「(岡山県倉敷市)真備町の水害のニュースを見た時、どう思ったの」と記者が尋ねると、宮武和花さんはぽろぽろと泣き出した。「あらあら」と、おばあちゃん、瀬切みどりさん(67)が笑顔で当時のことを話してくれた。
漢字「災」に表された2018年の西日本豪雨。7月6日夕、夫の宏美さん(71)は民生委員として近所に避難を呼びかけていた。みどりさんは「避難しない」という義母(101)と残っていた。
ドーンと音がしたと思ったら、あっという間に水が来た。義母と2階に逃れた。義父が43年前、300坪の敷地に思いを込めて建てた家。4メートルを超える水が襲い、2階にいてひざまでつかった。親族が携帯電話にかけてきたが、バッテリーの減りが心配で「無事。大丈夫。もう連絡せんでよし」とすぐに切った。一夜を過ごし、翌日正午ごろ、近くの人の釣り船に救助された。宏美さんを含め、近所の人はみな無事だった。
1週間後、やってきた和花さんはいつものように笑顔のみどりさんとハグした途端、号泣した。2度目に来たとき、ぬれた写真を乾かした。畳をはがした床にブルーシートを敷き、無数の写真を並べたときだった。「何にもないから――」と、みどりさんがつぶやいた。
「いつも明るいおばあちゃんらしいと思った。懐かしい家が被災して取り壊すのはさみしいけれど、大好きなおばあちゃんが無事でよかった」。また涙ぐんだ和花さんをみどりさんが抱き寄せた。
■Z会賞
早いうちからいろんなことをきっちりきめつけないほうがいいよ。世の中には絶対ってことはないんだから。
(さくら〈村上春樹著「海辺のカフカ」から〉)
◇
今の私がそのまま未来の私になるわけではない。不安を拭ってくれ、気を抜くなと喝を入れられた。
(東京 杉並区立阿佐ケ谷中3年宇都穂南〈ほなみ〉さん)
■栄光ゼミナール賞
頑張った匂いがする
(母)
◇
小学生の頃、学校から帰ると母はよくこの言葉を言ってギュッとしてくれた。「最近言わないね」と言ったら「今は毎日楽しそうだから」と。少し寂しいが、成長を認めてくれてうれしかった。
(兵庫 川西市立緑台中1年 佐藤彩羽〈いろは〉さん)
■朝日中高生新聞賞
知らない
(友達)
◇
お花見の桜にあまりにも感動する友達。桜を知らないの?と冗談で言ったら「桜の全部を知っているわけじゃないからね」。その言葉にはっとなった。彼女のおかげで、知らないことを知れた。
(北海道 立命館慶祥中3年 渡部幸音〈ゆきの〉さん)
■朝日新聞社賞
一生けんめいすると、何でも面白い
(原爆被害者の梅北トミ子さん)
◇
心から面白いと思えるほど何かに一生懸命努力できているだろうか。苦しい状況でも前向きに生きようとした、同じ13歳の女学生の最後の日記の一文に触れて思う。
(高知大学教育学部付属中2年 白石温大〈はると〉さん)
【高校部門】
■鷲田清一賞
はい、トイレ掃除――。
(母)
◇
幼い頃、数え切れない間違いや誤りを重ねた。ある日、母は叱らず、代わりにこの言葉を。行動で自分の心を整え、磨きなさいと、後になって教えてくれた。
(米国 シアトル日本語補習学校高等学部1年 グリスウォルド綾さん)
■Z会賞
二兎(にと)追わぬ者は二兎は得ず
(中学時代の恩師)
◇
自分の将来を書く欄で、二つのやりたいことを一つに絞れず焦る気持ちを書いた。この言葉に、やりたいことが色々あるのは長所、視野が広がるチャンスだと思えた。
(宮城県宮城野高3年 渡辺愛夏〈あいか〉さん)
■栄光ゼミナール賞
わけわけ
(父・母)
◇
年の近い妹2人。何でも「わけわけしてね」と親は言った。それが嫌で、ある時、お菓子を1人で食べた。後に残ったのはむなしさと妹の顔。わけわけは物だけでなく、優しい心や幸せだった。
(岐阜 麗澤瑞浪高3年 保〈ほ〉ひなたさん)
■朝日中高生新聞賞
ちがう人間に同じ扱いをするのも差別だよ
(塾の先生)
◇
強烈だった言葉。自分の意思にそぐわない扱われ方でも平等だから良いでしょというのは横暴。複雑なものを単純に対応しようとする奇妙さを考えた。
(広島県立福山誠之館高2年 佐藤美咲さん)
■朝日新聞社賞
ゆっくりでも止まらなければけっこう進む
(はやぶさ2 元プロジェクトマネジャー・国中均教授)
◇
推力の小さなエンジンで目標に向かうのは「はやぶさだけじゃありません」。講演で聞いた国中教授の言葉に支えられている。
(東京都立戸山高3年 篠崎日和〈ひより〉さん)
■強烈なことばと向き合う作品増えた 「折々のことば」筆者・審査委員長 鷲田清一さん
前回までと違うのは、誰かのことばをありがたく受け取ってまとめるのではなく、カチンと来たとしても、そんな強烈な力を持ったことばと向き合う作品が増えたことです。最優秀賞もそうでした。全体として作品の幅が広がったと思います。
半数以上が、身近な人の印象的なことばを取り上げたものでした。ありふれたことばでも、意味を掘り下げる努力をした作品が光りました。
ただ、毎年言っていますが、もう少し書物からも探して欲しい。好きな本だけではなく、気になっている本、自分とは地域も時代も違う著者の本を読むことで、世界が広がります。名言集ではなく、本の世界に入ってことばと格闘してほしいですね。
■佳作
◆中学部門 【埼玉】中井健人(与野西中)【東京】石橋雅人(渕江中)、林琉士朗(本郷台中)、西紅良楽(豊島岡女子学園中)、大久保光明(阿佐ケ谷中)【神奈川】山下心暖(大船中)【新潟】小野絢音(白南中)【京都】藤井蓮(西京高校付属中)【兵庫】水田優吾(飾磨西中)【徳島】阿部りつ禾(鳴門教育大付属中)
◆高校部門 【北海道】斉藤颯渚(石狩南高)【埼玉】小沢美羽(熊谷西高)、星明日香(開智高)、柳田秀典(浦和実業学園高)【神奈川】須藤理子(横浜雙葉高)【福井】安川なみ(北陸高)【京都】叶内紗弥(京都女子高)【兵庫】沢田絢香、将積沙矢香(須磨学園高)【徳島】北井大陽(城東高)
◆中学・高校の部門賞9作品の「ことば」の説明は要約文。入賞と佳作計31作品の全文は公式サイト(https://www.asahi.com/event/kotoba/)で7日から公開します。
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