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 車の自動運転に対応するための道路交通法の改正試案を、警察庁が昨年末にまとめた。

 新しい技術はどこまで信頼できて、どんな限界があるのか。政府と自動車メーカーは、人々が理解し、判断できるだけの材料を、すみやかに社会に提示しなければならない。

 試案では、特定の区域内で、天候も良いなど一定の条件を満たせば、運転を機械に任せてスマホの操作やテレビの視聴ができる。読書なども可能という。安全運転の義務自体は変わらないので、運転者は「機械を通じて」義務を果たす形になる。

 区域外に出る際や、自動モードでは対応できない事象が起きたときは、機械が警告を発し、人間に運転を引き継ぐ。当面は渋滞した高速道路など、複雑な操作が不要な場面にかぎっての導入になる見通しだ。

 基本的に自動運転は、事故原因の大半を占める人為ミスを防ぎ、安全性を高めてくれる。将来は無人運転も期待される。高齢者の簡便な移動や過疎地の交通網の維持など、社会の変革につながる可能性を秘める。重要な技術だからこそ、不安を解消して定着させてほしい。

 とはいえ疑問は少なくない。

 ドライバーには、いつでも機械から運転を引き継げる態勢でいることが求められる。いったいどんな状態なら良いのか。

 飲酒や居眠りは禁止だが、ではイヤホンの使用はどうか。他にも運転交代の警告に即応できない例はあろう。

 「そもそもスマホに熱中している人が、急にバトンを渡されて頭と体がついていけるのか」と指摘する専門家もいる。

 条件つきとはいえスマホ操作が許されれば、「ながら運転」が際限なく広がってしまう。そんな懸念もぬぐえない。

 警察庁は来年の改正法施行をめざす。自動運転の開発・普及をめぐる諸外国との競争を考えると、たしかにのんびりはできない。だが「時期ありき」ではなく、社会の合意を丁寧に作りあげることが肝要だ。

 今の技術は何ができ、何ができないのか。例えば前を走る車が荷崩れを起こしたり、飛来物があったりしたら、自動運転でどこまで対応可能なのか。それでも事故が起きたとき、「人間が運転していても避けられなかった」と人々が受け止められるかという問題も生じよう。

 法制度のあり方は、社会の意識や価値観と密接にかかわり、合意づくりには正しい知識と幅広い議論が欠かせない。試案を元に疑問や意見を出しあい、皆で「解」を探りたい。

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