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 「公認心理師」という新しい国家資格をご存じですか。心の健康をサポートし、医療や教育などの分野で活躍が期待されています。昨年、初めての国家試験があり、約2万8千人が合格。ただ、新資格が今後どんな現場でどう生かされるのか、具体的にはこれからです。臨床心理士とは何が違うのか。頼れる身近な存在になるのか。みなさんと考えます。

 ■心理職を国家資格化

 「再発のうつ病が軽度で済んだのは、最初の発症時のカウンセリングのおかげだと思います」。関東の大学教員の50代男性はそう振り返ります。研究チームの仕事と自らの博士論文の執筆が重なった15年ほど前、朝起きても出勤できないほど気分が落ち込み、精神科を受診しました。

 投薬中心の治療で症状は一進一退が続き、医師にカウンセリングによる心理療法を勧められました。

 「思いついたことを話す方式で、カウンセラーの先生は時折、言葉を挟むだけ。でも、不思議に自分の心に整理がつく気がしました」。カウンセリングを1年続けて回復し、5年前の再発時は短期の通院で済みました。「カウンセリングが対処力を鍛えてくれました」

 こうしたカウンセリングを主に担う臨床心理士は民間の資格で、全国に約3万2千人。2016年公表の調査結果では29%が主に医療・保健の現場で働き、23%が教育現場に。福祉や司法などの場でも働いています。

 ただ、大学院修了が必須の高度な資格ながら、職場が非常勤のみの人が45%を占め、複数職場の兼務も44%と、雇用は不安定です。「国家資格がないため活躍の場が広がりませんでした」と、日本心理臨床学会の鶴光代・前理事長は話します。

 こうした危機感を背景に、関係学会は心理職の国家資格化を目指して各方面に働きかけ、15年に議員立法で公認心理師法が成立。臨床心理士はなくなりませんが、鶴さんは「やがて公認心理師が心理職の主たる資格になっていく」と見ています。

 学校で児童・生徒の心のケアをするスクールカウンセラー(SC)の大半は臨床心理士です。文部科学省はSCが持っておくべき資格に公認心理師を加えたものの、その他運用については「当面は従来通り」としています。また厚生労働省は、カウンセリングを健康保険の対象に加えるかについて「一定の有効性があるというデータが集まってから、検討が始まる」といいます。

 ■問題や配点、疑問の声も

 「現場を知らない先生が問題作った印象」「納得いかん」――。初の公認心理師試験があった昨年9月9日、ツイッターには受験者から疑問の声が次々と投稿されました。

 高坂康雅・和光大教授(教育心理学)も疑問を持った一人です。例えば、末期がんで緩和ケアを受ける55歳の男性が最近いらだちやすくなったという事例で、患者の状態を評価する項目として、最も優先すべきものを選べ、という問題。発表された正解は、認知症の症状のひとつ「見当識障害」でした。高坂さんは「医師ならそれが正解だろうが、心理職の態度としては『不安』という選択肢も正しいはず」と疑問視します。

 一方で、こうした「事例問題」の中には、「選択肢に『ねぎらう』など、相手への共感を示す言葉があれば正解といった、国語力やゲーム的な感覚で解ける問題もあった」と、丹野義彦・東京大教授(臨床心理学)は指摘します。

 試験は3万5千人余が受験し、合格率は79.6%でした。配点は一般問題が1問1点に対し、事例問題は1問3点で、「合格ラインに大きな影響を与えたはず。国語力で合否が決まるなら、試験自体が無意味になる」と丹野さんは話します。

 受験資格をめぐる混乱もありました。04年から東京で相談所を開業する臨床心理士の伊藤絵美さん(51)は昨年5月、公認心理師を受験しようと必要書類を日本心理研修センターに提出。ところが2カ月後、明確な説明もなく「受験資格はありません」と言われたそうです。弁護士を立てて仮処分を申し立てる意思があることを伝えました。すると、申請書類の再提出が認められ、一転、受験できることに。伊藤さんは「国家資格なのに、受験資格や必要書類についてきちんとした情報開示がないことが問題。センターに突き返された段階で、諦めて受験できなかった人もいるはずです」。

 ■「質の向上」期待の一方で

 公認心理師の創設で、心理職の「質の向上」が期待されています。国家資格化を推し進めた日本臨床心理士会の奥村茉莉子専務理事は、公認心理師では、大学の学部段階で基礎心理学や実習の履修が義務づけられた点を強調します。「学部から大学院までの、6年間の教育になったことで、質の高い人材を養成できる態勢が整いました」

 一方で、臨床心理士の育成に長年携わった伊藤良子・帝塚山学院大教授(臨床心理学)は、公認心理師の試験について、臨床心理士と比べて「人の心に関わる仕事の適性や専門知識を測るには不十分」と指摘します。臨床心理士の試験には論文や面接がありますが、公認心理師はマークシートのみ。また、臨床心理士は5年ごとの更新制度がありますが、公認心理師にはありません。

 さらに伊藤さんは、経験者を優遇する5年間の特例措置にも課題を挙げます。看護師や介護職員ら、5年以上の実務経験がある人は、病院など施設長の証明書を提出し、講習を受ければ、公認心理師試験を受験できますが、心理学などの専門教育や訓練を受けていない人が受験する可能性もあります。

 質の低下を懸念する声もあるなか、奥村さんは、専門分野ごとに認定試験を実施したり、研修をしたりして、質の向上を図る必要性を訴えます。「心理職は医療、教育、福祉などの分野に応じて、求められる専門性が違う。心臓外科医や消化器科医など、医師の専門医のような認定資格をつくる必要があるでしょう」

 ただ、こうした認定資格の「上乗せ」には懸念もあります。例えば、スクールカウンセラー(SC)の多くは自治体の教育委員会との1年契約です。水戸市のSC、人見健太郎さん(45)は「認定資格の取得には更なる時間や費用がかかる。優秀な人材は雇用が不安定な教育分野をさけて、身分の安定した医療分野などに流れてしまうのではないでしょうか」と心配します。

 ■医師との関わり方、議論に

 国家資格化にあたり、最も議論になったことの一つが、公認心理師は、患者について「主治の医師があるときは、その指示を受けなければならない」と定めた公認心理師法42条2項の規定でした。

 京都市内で開業する臨床心理士、平井正三さん(55)は昨年、精神科医らでつくる日本精神神経学会が、文科省と厚労省あてに提出した文書を見て驚きました。文書では、公認心理師によるケアは主治医の指示によって行われるものだから、心理師が主治医と連絡をとる際に患者の「同意は必要としない」とあり、患者に「『守秘義務』は限定的であることを説明し、理解を得ることが必要」とも記されています。

 英国で心理療法の訓練を受けた平井さんは、患者のために医師と連携することは大切だと考えてきましたが、患者のプライバシーを軽視するような考え方は行き過ぎだといいます。「患者さんの中には医療の外のアプローチで心の問題と向きあいたい人や、医師に伝えて欲しくないことがある人もいます」

 文書について、日本精神神経学会に聞きましたが、「19年6月に開くシンポジウムの聴講を」と回答。具体的な説明はありませんでした。

 病院では、医師を中心に看護師、薬剤師、臨床心理士、精神保健福祉士、作業療法士らによる「チーム医療」が欠かせません。ある都内の心理士は「これまでチーム内で心理士だけ国家資格でなく、肩身が狭かった部分もある」と打ち明けます。

 三井記念病院(東京都千代田区)では01年から、入院患者の心理的なサポートを行う「リエゾンチーム」を始めました。常勤の臨床心理士2人が積極的に病棟に出向き、中心的な役割を担っています。同病院精神科の中嶋義文部長は「医師と心理士の役割は違います。心理士が患者さんの心理状態を踏まえて介入することで、医療全体の質があがる。それぞれが専門性を発揮することで、効果的なチーム医療ができるのでは」と話し、国家資格化を機に心理職のさらなる活躍に期待を寄せます。

 ◇臨床心理士の知人がいます。長年病院や学校などで、子育てに悩む親や不登校の子どもらの心のケアにあたっています。心を閉ざした相談者自身が、自分の性格や育てられ方を振り返り、人生を組み立て直す「気づき」を得るサポートをするのが仕事だそうです。専門的な知識や技術を必要とする職業だと感じています。

 日本では、心の問題は個人的なこととして片付けられがちでした。しかし、毎年2万人以上が自ら命を絶っています。効率や成果が優先される「競争社会」を、誰もが自分の力だけで生き抜けるわけではありません。専門家の力を借りることで救えた命もあったかもしれません。

 取材を通じて、公認心理師の制度には改善が必要な部分も多いと実感しました。しかし、まだ緒に就いたばかりだからこそ、議論を積み重ね、私たちの手で、頼れる価値ある制度に育てていけるのではないかと期待しています。(吉田美智子)

 ◆ほかに長野剛が担当しました。

 ◇来週21日は「セクシュアリティー」を掲載します。

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