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 ロシアとの平和条約への道がこれで本当に開けるのか。そう思わせる幕開けである。

 安倍首相とプーチン大統領が合意した両政府による交渉が、モスクワで開かれた。両国外相を責任者とする新しい枠組みでの初会合である。

 浮き彫りになったのは、ロシアの変わらない厳しい姿勢だ。ラブロフ外相は、北方四島におけるロシアの主権をまず認めるよう求めた。

 「北方領土」という言葉にすら苦言を呈した。立場の違いを埋めて関係を正常化しようという雰囲気とは程遠い。

 かねて安倍氏は「私とプーチン大統領の手で終止符を打つ」と強調している。しかし、その前のめりの姿勢がロシアの強気を招いているのではないか。

 安倍氏は来週、プーチン氏と会談する。成果を急ぐあまり、日本と地域の平和と安定という条約の目的が置き去りになることを懸念せざるをえない。

 ■国民に説明ないまま

 安倍氏は昨年11月の会談で、1956年の日ソ共同宣言を基礎に交渉を加速させることでプーチン氏と合意した。この宣言には、四島のうち、歯舞(はぼまい)と色丹(しこたん)の二島しか書かれていない。

 その後、河野外相は「四島は日本固有の領土だ」とする政府の基本的な立場の明言を拒んでいる。四島返還を断念したと思われても仕方がない状況だ。

 交渉中に内情を明かさないのは外交の定石だ。しかし、領土にかかわる重大な国策は秘密裏に変更できる話ではない。どんな大義があるのか、国民に十分説明するのは当然の責務だ。

 日本政府は過去、様々な妥協案で打開を探ってきた。

 ソ連末期は「四島一括返還」との要求を取り下げ、「四島の日本への帰属が確認されれば、返還の時期と態様は柔軟に対応する」との方針に転じた。

 ソ連崩壊後は「平和条約を結んで日ロ間の国境線を四島の北に画定できれば、島の引き渡しは別途合意できるまでは求めない」と、当時のエリツィン大統領に持ちかけた。

 この間、日本政府は四島返還を「正義」と訴えてきた。その旗を降ろすとすれば、これまでの妥協とは根本的に異なる。

 ■未来志向どう描くか

 ただ、日本政府は戦後一貫して四島を求めてきたわけではない。第2次大戦後の51年、日本が米国など48カ国と署名したサンフランシスコ講和条約で、日本は「千島列島」を放棄した。

 その中には択捉(えとろふ)と国後(くなしり)が含まれるというのが、条約批准を承認した国会の審議で外務省が示した解釈だった。

 ソ連との戦争状態を終結させた56年の共同宣言に至る交渉の過程でも、二島返還での決着を容認する意見が日本政府内にあった。だが冷戦を背景に、保守合同で55年に誕生した自民党は「四島返還」を党是とする。米国も「二島で妥結したら沖縄は返さない」と圧力をかけた。

 こうした状況の中、日本は、51年に放棄した「千島列島」に択捉と国後は含まれていなかったという主張に転じた。交渉を進める上では、こうした冷戦時代の歴史を直視し、解きほぐすことも必要だろう。

 いまロシア側は、第2次大戦の結果、北方四島が正当にソ連領となったことを明確に認めるよう求めている。中立条約に違反して対日参戦したソ連による占領は不法で無効だ、という日本の主張とは相いれない。

 この歴史認識の違いを乗り越えて、条約に未来志向の意義を持たせる知恵が求められる。

 ■国際秩序乱すロシア

 日本が90年代の平和条約交渉で柔軟な姿勢に転じたのは、冷戦が終わり、さらに新生ロシアが自由、民主主義、法の支配という価値観を掲げたからだ。

 しかし5年前のクリミア半島の併合は、ロシアが自ら認めた隣国との国境を平然と踏みにじることを浮き彫りにした。国外のロシア系住民を守るためには自国軍の派遣も容認されるというのが、ロシアの理屈だ。

 北方四島にはいま、ロシア人が多く住んでいる。最終的な国境線を明確に固められないような平和条約は、安全保障上の弱点となりかねず本末転倒だ。

 安倍氏はプーチン氏に対し、島が日本に引き渡されても米軍施設を置かない考えを伝えたとされる。だが国土の安全をどう守るのかは、国の主権にかかわる問題であり、他国に安易な口約束をするのは不見識だ。

 日本を取り巻く国際環境は不透明さを増している。米国が自国第一主義に傾き、中国が軍拡に進む中、ロシアとの関係を安定させる意義は否定できない。

 だが、米欧からの制裁下にある現在のロシアとの妥協を急げば、他国の目には、日本がクリミア併合などの不法を容認したと映りかねない。

 ましてや首相が自らの任期や国政選挙の日程に合わせて結果を求めるような交渉をするならば、相手につけ込まれるだけで歴史に禍根を残すだろう。

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