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 手塚治虫の代表作「火の鳥」は、古代から未来まで時代を行き来し、壮大な物語が展開された。構想のみで描かれなかった「大地編」は、ファンを中心に知る人ぞ知る存在だ。その手書き原稿は、埼玉県新座市にある手塚プロダクションのスタジオ内にある収蔵庫に保管されていた。▼1面参照

 「第一幕」は1938年1月、日中戦争下の上海で、日本軍や財閥、各国関係者が集まったパーティーの場面だ。中国西方の「さまよえる湖」に火の鳥がいて、日本軍が利用しようとする計画が示唆される。猿田やロックなど、おなじみのキャラクターも登場する。

 手塚プロ資料室の田中創(はじめ)さんによると「大地編」が書かれたのは88年。「火の鳥」をもとにしたミュージカルの企画が持ち込まれ、手塚が書こうとしたのが、「大地編」だった。しかし、ミュージカルの制作側が未来の設定を希望したため、手塚は別の物語を書き直した。漫画「火の鳥」は、88年の「野性時代」2月号で「太陽編」が終了。手塚は続編に意欲を燃やしていたが、病状の悪化で描かれることはなく、翌年2月に亡くなった。

 手塚は晩年、「シルクロードを舞台にした作品を描きたい」と周囲に話していたという。「大地編」の設定時期は、手塚が初めて漫画を描いた時期と重なる。戦争というモチーフは「アドルフに告ぐ」など他の作品でも重要だ。漫画「火の鳥」の完結に向け、「大地編」が練られただろうと推測できる。(滝沢文那)

 ■再び熱い命を吹きこむ

 「小説 火の鳥 大地編」を執筆する作家・桜庭一樹さんの話 わたしは小学校の図書室で「火の鳥」をみつけ、夢中で読みました。この物語に流れる、命への賛歌、平和主義、そして、人間の気高さを信じる手塚先生の“悲しみを伴った独特のオプティミズム”から多大な影響を受けました。手塚先生ならこう描かれたはず、という輪郭線を引いた上で、現代を生きる自身の感覚と小説ならではの表現で、火の鳥に再び熱い命を吹きこもうとしています。

 ■どう反応するか楽しみ

 挿絵を担当するイラストレーター・黒田征太郎さんの話 僕は、手塚治虫になりたかった少年です。戦後の闇市で「新宝島」を見たときから、手塚さんは心と頭に深く入り込んでいました。手塚さんに質問するような、応答するような気持ちでアトムを描き続けてきました。「火の鳥」には時空を超えた自己表現がある。手塚さんという巨人と、親子ほど年の離れた桜庭さんという新兵器に挟まれて、僕がどう反応していけるか、楽しみにしています。

 ■「火の鳥 大地編」全文

序幕 タクラマカン沙漠(さばく)の一角、果てしない荒野

 さまよう猿田博士

第一幕

 昭和十三年(一九三八年)一月

 日中戦争の勝利に湧く上海

 西安路にある超一流クラブ

 日本軍幹部将校、財閥、各国総領事夫妻などの大夜会。ダンス。スイング・ジャズが流れる。

 中に将校達(たち)にまじって将来を保証されている関東軍司令部づき副官、間久部緑郎少佐、スキのない美男子、殊に三田村財閥の会長三田村要造の愛嬢麗奈と一年前結ばれてからは異例の出世。だが早くも我儘(わがまま)で緑郎を見下そうとする麗奈と、ある謎の女性に心が魅(ひ)かれている緑郎との間には深い溝が出来ている。

 さんざめく夜会の中に、かつて大学の恩師で今は大東亜共栄圏資源開発庁の研究センターに籍をおいている猿田博士が間久部と密談。

 猿田博士は中国の遥(はる)かな西域、タクラマカン沙漠の中に“さまよう湖”があり、そこに火の鳥と呼ばれる伝説の鳥が実在し、その鳥の血液には驚くべき未知のホルモンが含有されていてその湖周辺の動植物と、住民に強い影響――長寿、活力など――を与えつづけていることが調査で判明したと打明(うちあ)け、皇軍の士気昂揚(こうよう)に是非必要と云(い)う。

 大本営付犬山元帥、向内大将が現われ、極秘裡(ごくひり)に現地へ調査隊――火の鳥の捕獲――のための隊長に間久部緑郎が任命されることを告げる。

 感動する間久部。これが成功すれば彼は一躍世紀の英雄になれるのだ。

 一行の帰ったあと、憲兵隊司令官西宮少佐が、八路軍の便衣隊数名を捕えたが中に日本人でどうも間久部少佐の血縁続きの者がいるようだと耳打ちする。クラブの裏口で、その男に会う間久部。果して、男は間久部の実弟の間久部正人である。緑郎はこの男はたしかに自分の弟で、間違って捕えられたのだと釈明する。正人は放免される。

 <訂正して、おわびします>

 ▼24日付社会面の手塚治虫の「火の鳥」の記事で、漫画「火の鳥」の「太陽編」の掲載誌を「野生時代」としたのは、「野性時代」の誤りでした。入力時に間違え、確認が不十分でした。

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