『新聞はコトバだ』 谷川俊太郎 朝日新聞創刊140周年
『新聞はコトバだ』 谷川俊太郎
新聞はコトバだ
まるごとコトバでできている
コトバは万人のもの
そしてあなた一人のもの
新聞はコトバだ
コトバは情報となり
意見となり偏見となり
まれに思想となり
詩となることもないではない
新聞はコトバだ
活字がフォントが
写真が画(え)がコミックスが
無数の数字が意味を求めて
今日から明日へとせめぎ合う
新聞はコトバだ
ぺらぺらの新聞紙ではない
可燃でも不燃でもない
変幻自在のコトバだから
気づかずに人を欺く
新聞はコトバだ
現実事実のホントとウソが
コトバでまじって
よれてねじれて絡み合い
玉虫色の迷子になる
新聞はコトバだ
だが誰のコトバか?
もとは一人のコトバなのに
いつの間にかみんなのコトバ
無名のコトバ
新聞はコトバだ
敵のコトバも
味方のコトバも
市場で仲良く売買されて
只(ただ)のコトバがタダでなくなる
新聞はコトバだ
愛を囁(ささや)けないコトバ
瓦版の昔から
泣かず笑わず声も立てずに
真実に渇くコトバ
新聞はコトバだ
世界をコトバで掴(つか)もうとする
時には疑いながら
時にはコトバに命をかけて
新聞は今日も沈黙しない
◇明治維新からまだ10年ちょっとという時代、大阪で産声を上げた朝日新聞はきょう、創刊140周年を迎えました。その歴史の中で世情を映し、新聞を形づくってきた大切な柱の一つが、読者から寄せていただいた言葉です。見開きページではその過去を振り返りながら、谷川俊太郎さんがずっと前に朝日新聞に作ってくださっていた、もう一編の詩とも合わせてご紹介します。
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たにかわ・しゅんたろう 1931年生まれ、詩人。52年の『二十億光年の孤独』以来、詩集多数。最近では詩集『空の青さをみつめていると』『朝のかたち』(いずれも角川文庫)が復刊された。絵本や作詞も手がける。
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