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 福島第一原発の事故からまもなく8年。いまだに損害賠償の話し合いが決着する見通しが立たず、不安を抱える多くの被災者がいる。ゆゆしい事態だ。

 原発周辺の住民が集団で申し立てた和解仲介手続き(ADR)で、国の原子力損害賠償紛争解決センターが示した和解案の受け入れを東京電力が拒み、手続きが打ち切られるケースが昨年から相次いでいる。

 約20件、関係する住民は約1万7千人にのぼる。個別に仲介を再申請したり、正式に裁判を起こしたりする道はあるが、時間も費用もかかる。速やかな賠償をめざして設立されたセンターは、これまでに1万8千件を超す和解を成立させたが、大きな壁に直面している。

 和解案には、文部科学省に置かれた原子力損害賠償紛争審査会が定めた指針を上回る内容が含まれる。これに対し東電は、「一律の増額は困難」「事故との因果関係を認め難いものがある」と反論。賠償額がさらに膨れ上がるのを避けたい思惑が働いているのは明らかだ。

 だが、この姿勢は厳しく批判されなければならない。

 東電は「3つの誓い」として、(1)最後の一人まで賠償貫徹(2)迅速かつきめ細やかな賠償の徹底(3)和解仲介案の尊重――を宣言している。ところが実際の行動との間に隔たりがあり、センターや文科省は繰り返し、順守を求めてきた。

 原賠審の指針は賠償の目安として重要だが、全ての事象や時の経過による被害状況の変化までカバーするものではない。

 裁判でも事実の認定やルールの解釈には一定の幅がある。まして簡易な手続きで救済を図るのがADRだ。よほど不合理な点がなければ受諾する。それが「誓い」の精神であり、深刻な事故を引き起こした企業の当然の務めではないのか。

 国、とりわけ経済産業省の責任も大きい。国策で原発を推進し、いまは東電の実質的な大株主でもある。危機感をもって監督・指導してもらいたい。

 解決が難航する原因の一つに指針自体の問題もある。事故の直後に定められ、その後何度か修正されたものの、被害の収束が一向に見えないなか、複雑・多様化する実態に対応し切れていない面がある。

 原賠審は、現状を精査し、指針の見直しにむけて検討を始めるべきだ。別途裁判で争っている被災者もいるため、司法判断の行方を見極めたい意向のようだが、それを待っていては救済は遠のくばかりだ。原賠審の存在意義もまた、問われている。

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