[PR]

 「公益」とは何か。

 人により、テーマにより、あるいは時と状況によって、考えは分かれるだろう。

 だからこそ、その範囲を狭くとらえず、多様な意見を認め合い、民間による活動を後押しすることを通じて、暮らしやすい社会をつくっていこう――。そんな考えに基づいて、10年あまり前に公益法人制度の改革が行われた。

 公益法人には税の優遇がある。肝心の公益性の認定が省庁の裁量任せになっていて、法人との癒着を招いたとの批判を踏まえ、有識者でつくる公益認定等委員会が客観的な基準に従って判断する仕組みになった。

 認定委と内閣府に置かれた事務局は、この改革の原点に立ち返らなければならない。いまの認定業務を違法とする司法の判断が示されたのを機に、あらためて求めたい。

 一般財団法人・日本尊厳死協会(東京)が公益認定申請を退けられたのを不服として起こした裁判で、東京地裁は先月、国の処分を取り消した。

 協会は、不治の病で末期を迎えた時、無理な延命治療を拒否する旨の宣言書(リビングウィル)を会員に発行するとともに、こうした尊厳死の調査・普及活動に取り組んできた。

 裁判で国は「公益事業と認めれば、国が尊厳死にお墨付きを与えたと受け取られ、医師の行動にも影響を与える可能性がある」と指摘。宣言書に従った医師が法的責任を問われる事態になりかねず、不安定な立場に置いてしまうなどと主張した。

 だが判決は「公益認定したからといって、国が協会の事業や方針に賛同していることを意味するものではない」と述べ、医師や社会一般が誤解するおそれもないとした。そして、認定の有無にかかわらず宣言の趣旨は世の中に広まっており、医師の地位が不安定になることもないと結論づけた。

 常識にかなう妥当な見解だ。国の言い分は、まさに「ためにする議論」というほかない。

 協会の申請が認められなかったのは2度目だ。1度目の14年の際は、その前に尊厳死を認めるかどうかをめぐって活発な議論が起きていた。結局見送られたものの議員立法の動きもあり、認定委が政治に配慮したのではないかとの見方も出た。

 その流れが今に至っているとすれば、以前はびこった裁量行政と本質において変わらない。

 国は改革の趣旨を思い起こし、控訴を取り下げるべきだ。認定業務への信頼の揺らぎは、制度そのものの揺らぎを招く。

こんなニュースも