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 「女性の性とタブー」を考える企画、今回は著述家の湯山玲子さんに話を聞きました。「女にも性欲があることを当たり前に語れる時代が来たけれど……」と湯山さん。私たちの脳内にインプットされているという「装置」について語ります。

 ■恋愛で発動の幻想

 私、テレビのバラエティー番組で初めてマスターベーションという単語を口にした女じゃないかしら。約10年前ですが、「性欲を自分でまかなえる光合成女子」と名乗ったら、ひな壇の女性たちがみんな素知らぬ顔をしたんです。直前までアンダーヘアをつるつるにするワックスの話題で盛り上がっていたのに、その空気の変わり様は興味深かった。

 なぜそれほどタブー視されるか。はしたないとの伝統的な価値観に加え、「女は男との恋愛により性欲が発動し、その快感は男に開発されるべきだ」との不文律の強制力を実感しました。自慰行為をするような性に貪欲(どんよく)な女は、良き母、良き妻という社会規範に照らし好ましからざる者とされる。自身の性や性欲について素知らぬふりをするのは、女が身につけてきた処世術だと思います。

 でも、罪悪感から自慰行為を封印し、性欲の解消をすべてセックスに委ねるなんて、現実には相当なやり手でない限り不可能。セルフコントロールした方が男性との関係も余裕と見極めができて、「お得」です。女の性欲が一番高まるのはアラフォーだ、との持論とあわせ、性欲とうまく付き合うのはオトナのたしなみだと、著作「四十路(よそじ)越え!」(2010年)で書きました。

 ■暴力的AV、罪深い

 そうやってマスターベーションにおける性的ファンタジーと、リアルな性的関係の二刀流を楽しむべきだと説いてきたのですが、この数年で前者は一気に花開きました。男同士の性愛を描くボーイズラブ作品が定着し、ネット上でバイブも手に入り、AV(アダルトビデオ)も簡単に視聴できる。女同士で「私は淡泊」と言い合っていたのが、「私、性欲強くて」と笑い話にできるように。タブーが一気に崩壊しました。

 一方でリアルはどうかといえば、男も女も目の前の相手と向き合えていないのではないか。欧米は「メイクラブ」という言葉のごとく、コミュニケーションの意味合いを持ちますが、日本人は相手よりも、脳内の妄想に浸っている気がします。

 女性に対し暴力・支配的なAVの量産は本当に罪深い。知人のオランダ人男優が映画で日本人女優とセックスシーンを演じ、「いやだいやだと苦しそう。失礼があったのか」と気にしていた。ははーんと思い日本のAVを片っ端から見せた。女を征服し、さげすむような快楽追求のパターン化に非常に驚いていました。

 「最初は無理やり」「いやよいやよも好きのうち」といった力関係に欲情する装置が男女とも脳内にビルトインされている。男は尊敬する女には欲情できず、女から男を誘う性文化がない。そして家族になればセックスレスに陥る悪循環でしょう。

 尊敬する女に欲情できない問題は根深い。女性の出世志向が弱いのも、実は男ウケを気にしているからなのでは、とさえ思える。「憧れの女性部長と結婚する男」が増えたら絶対に世の中が変わる。AV業界は女を汚すことなく欲情させる作品を必死でつくってほしいものです。

 ■誘う女性像、描いて

 こう語る私自身、子どものころから「家畜人ヤプー」や週刊新潮の「黒い報告書」に読みふけり、性的ファンタジーは悲しいかな「無理やり」系。それはそれとして、目の前の相手と豊かな世界をつくることと混同してはいけません。男女がすれ違い続けた結果、理想のルックスのアンドロイドと行為にふけるだけで満足、そんな時代はすぐそこです。

 男が口説き、勃起し、射精して終わる。男本位なセックスは女が性的に自由に、豊かになることを阻害しています。女は上目遣いで無垢(むく)で、受け身のフリをしてきた。そういうプレーだと割り切っているうちに自分を卑下し、人間性が損なわれていく怖さに自覚的になった方がいい。重ねて言いますが、その気になった女が男をどう誘うか、という点において、日本の大衆文化にはお手本がない。映画やドラマで格好良く誘う女性像を描いてほしいな。

 社会学で、下部構造が上部構造を決定づけると言いますよね。セックスにおける男女の立ち居振る舞いが変わることで、日本社会も変わるのでは。セックスはあなどっちゃいけないんです。

     *

 ゆやま・れいこ 1960年生まれ。著述家・プロデューサー。映画や音楽に詳しく、テレビのコメンテーターとしても活躍。主な著書に「四十路越え!」、「男をこじらせる前に」(ともに角川文庫)、二村ヒトシさんとの共著「日本人はもうセックスしなくなるのかもしれない」(幻冬舎)がある。

 

 ■「私に革命起きた」本音トーク 田房永子さん・原田純さん

 「オトナの保健室」の書籍化を記念したトークイベントが今月13日、東京・下北沢の書店「本屋B&B」で開かれた。漫画を担当する田房永子さんと、前々回、前回の当欄で取り上げた「ちつのトリセツ」著者、原田純さんが本音をぶつけあった。

 田房 「ちつのトリセツ」を読みました。マッサージを始め早速効果を感じている。膣(ちつ)が「ようやく私を見てくれた」と喜んでいるような。

 原田 私は最初、カサカサで指も入れられなかった。でも、変化するんですよね。自分の体を知るのは面白いことです。

 田房 性をあえて大っぴらにしなくてもいいけど、必要以上に隠している。女性器は、子どもが使える呼称すらない。全部、「おまた」。正しい洗い方を親世代が知らないから子どもに教えることもできない。

 原田 医者によると、ティッシュや恥垢(ちこう)が詰まっている女性はいっぱいいると。さわれない、知らない。みんなで話すことに慣れるしかない。教えてもらえなかったと被害者的に受け止めるより、自分の責任として引き受けるべきでは。

 田房 「セックスは女性器のマッサージのようなもの」との記述もあった。そんな発想はなかった。世間の情報で培った自分のセックス観がいかに男性中心か思い知った。こちらが主体でいいんだと、私の中で革命が起きた。

 原田 私はセックスレスを別れた夫のせいにして恨んでいた。でも、その間、自分のエロスを磨いたかというと、そうでもないなと。自分でスイッチを入れることで体が変わり、周囲の反応も変わる。最近モテます。当社比で(笑)。

 ◆「オトナの保健室 セックスと格闘する女たち」は集英社刊、1404円。

 

 ◆ご意見や体験をお寄せ下さい。住所、氏名、電話番号、職業、年齢を書いてjoshigumi@asahi.comメールするへ。

 ◆取材=机美鈴

 ◆次回の「オトナの保健室」は3月19日に掲載します。

 <訂正して、おわびします>

 ▼19日付女子組面の湯山玲子さんのインタビュー記事で、「アンロイド」とあるのは「アンドロイド」の誤りでした。

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