[PR]

 なぜ幼い命を救えなかったのか。千葉県野田市の小学4年・栗原心愛(みあ)さんが亡くなった事件では、児童相談所の失態が相次いで明らかになった。

 父親から虐待を受けている疑いが強まり、一時保護に踏みきった。解除した後も親族宅で生活させていたのに、2カ月ほどして父親が連れ帰るのを止められなかった。子の処遇を判断する際に最も重視されるはずの児童福祉司の意見書は、存在しない。「忙しくて(作成を)忘れた」という。以後、心愛さんの見守りを小学校に任せきりにし、児相職員が自ら家庭を訪ねることはなかった。

 招いた結果は重大で、弁解の余地はない。

 だが批判するだけでなく、背景にある構造問題に目を向け、そこを正さなければ、また同じことが繰り返されかねない。

 この児相では、児童福祉司1人あたり約50人の子を担当していたという。一人ひとりに目を注ぐ余裕はどこまであったのか。児相の多忙ぶりを改めて突きつける数字だ。

 政府は、全国で22年度までに児童福祉司を約2千人増やし、5260人にする計画を進めていたが、事件を受けて増員を前倒しする。だがそれだけで問題が解決するとは思えない。

 福祉司の約45%は児相での勤務経験が3年未満で、現状でも専門性や経験の不足が指摘されている。増員によって蓄積の少ない職員は当面さらに増える。スーパーバイザーと呼ばれる指導役の確保・育成を急ぎたい。

 人手と経験、双方の不足を補うためにも、関係機関との連携を積極的に進めるべきだ。

 児童虐待防止法には、一時保護などのときに警察に応援を頼める定めがある。すべての児相に弁護士を配置する構想も以前から議論されている。保護者の不当な動きには毅然(きぜん)として対応する。そんな意識の涵養(かんよう)と体制づくりが求められる。

 何より問題なのは、子どもへの暴力を「しつけ」と称して正当化する一部の家庭であり、それを許容する空気が社会に根強くあることだ。

 国連子どもの権利委員会は今月、体罰禁止の法制化を日本政府に勧告し、根本厚生労働相も法改正を検討する考えを表明した。親などの「懲戒権」を定めた民法の規定の削除を求める動きも強まっている。

 家族の間でも、弱い立場の者を力で従わせるのは「教育」ではなく「支配」だ。虐待はもちろん、体罰も許されるものではない。その認識を社会に浸透・定着させなければならない。

こんなニュースも