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 沖縄県民は「辺野古ノー」の強い意思を改めて表明した。この事態を受けてなお、安倍政権は破綻(はたん)が明らかな計画を推し進めるつもりだろうか。

 米軍普天間飛行場を移設するために辺野古の海を埋め立てることの賛否を問うた昨日の県民投票は、「反対」が圧倒的多数を占めた。全有権者の4分の1を超えたため、県民投票条例に基づき、結果は日米両政府に通知され、玉城デニー知事はこれを尊重する義務を負う。

 知事選や国政選挙などを通じて、沖縄の民意ははっきり示されてきた。だが、争点を一つに絞り、曲折を経て、全県で実施された今回の投票の重みは、また違ったものがある。自民、公明両党などが「自主投票」を掲げ、組織的な運動をしなかったことから心配された投票率も、50%を上回った。

 法的拘束力はないとはいえ、政府は今度こそ、県民の意見に真摯(しんし)に耳を傾けねばならない。

 辺野古問題がここまでこじれた原因は、有無を言わさぬ現政権の強硬姿勢がある。

 最近も、埋め立て承認を撤回した知事の判断を脱法的な手法で無効化し、土砂の投入に踏みきった。建設予定海域に想定外の軟弱地盤が広がることを把握しながらそれを隠し続け、今も工期や費用について確たる見通しをもたないまま「辺野古が唯一の解決策」と唱える。

 自分たちの行いを正当化するために持ちだすのが、「外交・安全保障は国の専権事項」という決まり文句だ。たしかに国の存在や判断抜きに外交・安保を語ることはできない。だからといって、ひとつの県に過重な負担を強い、異議申し立てを封殺していいはずがない。

 日本国憲法には、法の下の平等、基本的人権の尊重、地方自治の原則が明記されている。民主主義国家において民意と乖離(かいり)した外交・安保政策は成り立たず、また、住民の反発と敵意に囲まれるなかで基地の安定的な運用など望むべくもない。この当たり前の事実に、政府は目を向けるべきだ。

 政府だけではない。県民投票に向けて署名集めに取り組んできた人たちは、沖縄という地域を超え、全国で議論が深まることに期待を寄せる。

 自分たちのまちで、同じような問題が持ちあがり、政府が同じような振る舞いをしたら、自分はどうするか。そんな視点で辺野古問題を考えてみるのも、ひとつの方法だろう。

 沖縄の声をどう受けとめ、向き合うか。問われているのは、国のありようそのものだ。

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