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 東日本大震災と東京電力福島第一原発の事故から8年。福島県で今も、人々の心に影を落とすのは、放射能をめぐる「風評」と「風化」の問題だ。

 原発周辺は住民の帰還が進まず、難しい課題を抱える一方、それ以外の多くの地域では、放射線量が平常の水準に下がっている。食品の安全対策も効果をあげている。

 だが県外を中心に、汚染の被害や健康への悪影響についての誤解、全体的に不安な印象などは消えていない。福島の現状は十分知られておらず、むしろ見聞きすることは減りつつある。

 ■「風評」「風化」の悩み

 地元では苦悩や葛藤が続く。

 例えば、原発の敷地にたまり続ける低濃度の汚染水をどうするのか。県産米の「全量全袋検査」をどう縮小していくか。

 汚染水問題で政府は、浄化処理して海に流す案を有力視する。だが、風評被害を心配する漁業団体や住民らが反発し、解決の糸口は見えない。

 風評は現実に復興の足かせとなっている。県内の農業産出額は事故前の9割にとどまる。観光業もまだ回復途上だ。

 福島産の農作物や魚は、厳しい検査で安全を確かめて流通している。米は15年産以降、「基準値超えゼロ」が続く。

 それでも、買い控えは解消していない。消費者庁の先月の調査では、放射性物質を理由に福島産の購入をためらう人は約13%。食品検査のことを知らない人は、約45%にのぼった。

 問題の根っこには、放射線についての知識や関心、「安心」の感覚は、人によって違いが大きいという実情がある。

 「福島への関心が時間とともに薄れる中、何となく悪いイメージがうっすら固定化した人は、かなり分厚く存在するのではないか」。放射能と食の問題に詳しい社会学者、五十嵐泰正・筑波大准教授は、こうみる。

 ■問題を克服するには

 風評を乗り越えるには、いくつものハードルがある。

 行政や関係業界は、放射線の科学的知識や安全対策の発信を続けている。事実を広めるアプローチは大切だ。しかし、それだけでは限界がある。

 放射能を特段、意識しない多くの消費者に福島産を買ってもらうには、まず売り場に置かれる必要がある。流通業者には商品を正当に評価する姿勢が望まれる。供給側が「おいしさ」などの魅力を磨き、イメージを高めることも欠かせない。

 ただ、漠然と不安を抱いたり、放射線のリスクに敏感で意識的に福島を避けたりする人もいる。福島の生産者側との間に溝やあつれきもみられる。

 事故の後、原発や放射線対策にかかわる行政や専門家への不信が社会に広がった。8年を経ても、放射能や風評がからむ課題について冷静に議論し、広く納得をえられる解決策を探る素地は整っていない。

 この状況をどう克服するか。ヒントが地元にある。

 ■「分断」を超えて

 船に乗って、福島第一原発の沖で魚を釣る。放射性物質の濃度を測り、結果を公表する。

 福島県いわき市の地域活動家、小松理虔(りけん)さん(39)は、こんな取り組みを5年前から続けてきた。調査は約30回を重ね、数百人が「呉越同舟」した。放射能が気になる市民、行政や専門家、脱原発や復興支援の活動家……。そこで、人の心を動かす力に気づいたという。

 放射能が「何となく不安」な人にも、体験とデータが重なって納得感が生まれ、「何となく安心」に変わっていく。一緒に釣りをすると、立場を超えてみながよく笑う。

 小松さんが心がけるのは、楽しさを前面に出して興味をひくことだ。「当事者を限定せず、多くの人に福島にかかわってもらうことが、風評や風化にあらがう力になる。共通の体験は、『分断』を乗り越えるきっかけにもなりうると思う」

 事故の被害をめぐっては、「放射能が心配/気にしない」のほかにも、「避難を続ける/地元に戻る」「原発はなくすべき/必要」など、多くの分断の軸が交錯する。

 ネット上では激しい攻撃の言葉が飛び交う。多くの人にとって「ややこしそうな」テーマとなり、日常の中で話題にしにくい空気は地元にもある。

 この状況は、数十年かかる廃炉などの後始末や、住民が散り散りになった地域社会の再生をいっそう困難にしている。

 だが、原発推進の国策の末にもたらされた苦しみを取り除くのは、社会全体に課せられた重大な責任である。福島にどう向き合うか、問われ続ける。

 まずは等身大の姿を知り、情報やイメージを更新する。そして、こじれた状況を一つひとつときほぐし、人々がそれぞれの考えを尊重しながら建設的に語り合える環境を取り戻す。福島が開かれた復興の道のりを歩めるよう、世の中のスイッチを入れ直したい。

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