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 被災地を歩くと、8年の歳月を実感する。次々に新しい道路が通り、防潮堤が築かれ、まっさらな街も見えてくる。

 10年間で32兆円を投じる復興で土木工事が進み、各地の景色が大きく変わっている。

 津波の被災地には、長大なベルトコンベヤーで、山から土砂を運んだ街が二つある。

 ひとつは宮城県東松島市の野蒜(のびる)ケ丘。仙台からJRで30分ほど。流された野蒜駅と東名(とうな)駅を山を切り開いて移した。

 両駅前に広がる91ヘクタール、440戸は被災地で最大規模の高台移転だ。総工費は377億円。小学校も交番も内科医院も雑貨店もあり、1100人が暮らす。

 移転事業は住民が主導した。宅地は30年間、無償貸与で、区画は抽選で決めた。

 もう一つは、市街地が丸ごと流失した岩手県陸前高田市。約300ヘクタールを造成中で、総工費は1600億円に膨らんでいる。

 中核の商業施設や図書館ができ、店舗も並び始めたが、まだ空き地が多い。市の昨年末のまとめでは、かさ上げした宅地54ヘクタールのうち、66%に利用予定がなかった。市有地が1平方メートルあたり年間350円で貸し出され、「売地」の看板も目立つ。

 ■過疎地向けの制度を

 甲子園球場ほぼ80個分の土地区画整理事業に時間がかかり、多くの地権者が拠点をほかに移したことが響いている。

 この事業は10年単位の都市開発に多用されてきたもので、迅速な復興にも、人口が減る地域にも適してはいない。だが、ほかに使える方策がなかった。

 復興庁には、区画整理事業での復興を懸念する声があった。しかし、新たな制度はつくられず、いまもない。

 この事実が、政府の弱点を端的に示している。災害対応の政策を考える専門の部署が、復興庁も含めてどこにもない。

 復興庁は首相直属で、担当大臣には他省庁への勧告権も与えられた。だが、発足7年で大臣が7人いる役所では、勧告権など使いこなせまい。

 職員はNPOや企業と連携して新たな支援策も生んだが、基本的に各省からの出向なので、被災地と本省をつなぐ役をこなした。復興現場が霞が関の各省縦割りになるのも当然だった。

 2021年3月での廃止が法律で決まっているため、政府は先週、後継組織をつくる閣議決定をした。担当閣僚を置く官庁になる見込みだが、具体的な検討はこれからだ。

 ■減災から復興まで

 すでに動きはある。

 昨年、全国知事会と自民党の石破茂元幹事長がそれぞれ「防災省」の創設を提言した。復興構想会議の議長をつとめた五百旗頭真氏も「防災復興庁」を唱えている。

 いずれも単なる復興庁の後継ではない。防災・減災から、復旧、復興までを総合的に担う役所を想定している。

 朝日新聞も災害対応の企画、立案、調整に専念できる組織が必要だと考える。

 理由は主に三つある。

 第一に専門的な人材を確保、育成するためだ。復興庁が集めた資料や現場のノウハウの散逸防止にもつながる。

 いま、災害対応や被災者支援は主に内閣府の防災担当があたる。定員は約90人。幹部は国土交通省や総務省などからの出向で、2~3年で戻る。

 これでは防災や危機管理の知見の蓄積も継承も難しい。

 実際に、段ボールベッドの導入や食費、光熱費の補助の加算などの先例が十分に周知されず、自治体の避難所の質に格差が生まれる弊害も出ている。

 それに何より、専門職員の不在が、過疎地向けの復興制度ができない大きな要因といえる。

 ■国民意識を高める

 第二は巨大災害への備えだ。熊本、大阪北部、北海道で地震が続いた。豪雨被害は毎年のように起きている。

 さらに首都直下地震の発生確率は、30年以内に70%程度といわれる。南海トラフ巨大地震は70~80%で、250万棟が全壊する想定もある。現行制度で対応できるはずがない。

 全国の地域ごとに、緊急時や復旧への対応を考えておかねばならない。その司令塔が要る。

 第三は、災害対応への国民意識を高めるためだ。

 新省庁を発足させることは、担当部門ごとに各省に任せてきた従来の手法からの大転換だ。それは政府による強い危機感の表明にもなる。

 かつての環境庁が国民の環境への関心をより高めたように、防災意識を向上させるだろう。

 むろん、新組織の所管事務を各省庁の現行業務から切り分ける作業は難しい。消防庁や内閣府原子力防災担当の扱いといった各論になれば難航必至だ。

 しかし、復興庁の後継組織づくりを機に、巨大災害に対応できる新次元の「防災庁」を立ち上げて、しっかり備える。

 それが「3・11」の教訓を生かす施策だと考える。

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