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 きょうと同じ穏やかな暮らしが、明日も続く保証はない。

 8年前の東日本大震災で、日本中の人たちが改めてそう気づかされた。

 災害に見舞われたとき、被害を最小限に食い止め、くらしと命を守る。そのために自分たちには何ができるのか。そんな問題意識から出発した教育が、いくつも花開いている。

 東京・杉並の専修大学付属高校は震災の翌年から、町内会や商店街など地元と「ご近所付き合い」をする講座を続ける。総合学習の選択授業だ。

 きっかけは、震災からまもなく渡邉賢教諭が生徒を連れて東北の高校をいくつか訪ねた際、「高校生が避難所で力になっている」と耳にしたことだ。

 力仕事だけではない。お年寄りには孫のようにかわいがられ、幼い子の遊び相手にもなれる強みがある。上下の世代をつなぎ、避難所のコミュニティーを作る役割を果たしていた。

 「高校生は守られる立場でなく、守る立場にならねばならないことがある」。宮城県のある校長の言葉が耳に残った。

 ■お茶のみ話を大切に

 講座の内容は防災に特化したものではない。日ごろの交流が土台で、その先に災害時の貢献があると考えている。

 地元の防災イベントに参加したときは、生徒が子どもたちと遊ぶ企画をたてた。それまでは町内会の役員ぐらいしか顔を出さなかった訓練に、若い子ども連れの家族が大勢集まった。

 高齢者宅への訪問ボランティアもしている。庭の草むしりのような頼まれ仕事もするけれども、それより大切にしているのは「お茶のみ話」。人と人の関係を築くことだ。

 生徒たちはいう。

 「避難所が開設されたら、避難者同士が話をするきっかけを私たちが作りたい」「誘導は僕らがしなくては」

 初めは違った。渡邉先生がボランティア先を決めて連れて行くやり方で、生徒に反発された。方針を変え、活動内容を自分たちで考えさせ、先生は我慢して見守ることにした。

 今年度は、生徒の有志が授業の枠を超えて、地域交流の団体を結成した。菓子作りのパーティーを開くと、学校の家庭科室が近所の親子であふれた。

 22年度に始まる高校の新しい必修科目「地理総合」は、震災をうけて防災を柱のひとつにすえた。「生徒の生活圏での災害対処のあり方を、自助・共助・公助の側面から学ぶ」こともうたわれている。

 福島、宮城、岩手3県には、おととし、県外の小中高の延べ8千校ほどが修学旅行や合宿に訪れた。見聞や交流から得た「気づき」をもとにして、それぞれの地元で共助の輪を育てられるといい。

 ■命の尊厳を学ぶ場

 もう一つ、取り組みの例を。

 立教大学はコミュニティ福祉学部を中心に、岩手県の陸前高田市で11年秋から「交流プログラム」を展開している。

 担当する松山真教授は現地に着くと、「2時間、どこかへ行っておいで」と言って学生たちを送り出す。

 アドバイスはシンプルだ。

 道で誰かに会ったら、あいさつして話をする。家に上がれと言われたら上がり、食べろと言われたら食べる。大学に戻ったら手紙を送る――。

 出会う人の中には、一瞬の判断の違いが生死を分けた経験をもつ人もいる。それを学生たちに短い言葉で表現してくれる。

 「物を大事にしてはだめだ。命を大事にしろ」「預金通帳は再発行できるけど、命は再発行できないよ」

 教室では伝え切れない、命の尊厳を直接感じ取る場になっている。

 「いつ芽が出るかはわからない。でも種はまいている」と、松山教授は手応えを話す。多くの住民が学生から届いた手紙を大事にとっているという。

 福祉や自治体の現場で働くことを志す若者が多い学部だ。支援する側―される側ではなく、「人と人」の関係を築いた経験は、将来の財産になる。

 ■まず顔見知りになる

 立大のこのプログラムは陸前高田を含む7カ所で行われ、これまでに延べ3500人の学生が参加した。思いを深めて東北に住み、家族や友人を亡くした子を支えるNPOで働いたり、現地の社会福祉協議会で活躍したりしている卒業生もいる。

 子どもの学習支援や被災地での聞き書きなど、復興支援の活動をしてきた大学は多い。災害から地域を守る研究や人材の育成を、息長く続けてほしい。

 大震災の後も、地震や大雨、土砂災害などが各地で続く。この列島に住む以上、天災と無縁ではいられないが、いざ直面するまでは想像が難しい。

 住む人と顔見知りになり、言葉を交わせば、抽象的な「地域」が「わが町」に変わる。実感を持って防災を考えるための第一歩にしたい。

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