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 もうすぐ新たな元号が発表される。

 朝日新聞を含む多くのメディアは「平成最後」や「平成30年間」といった表現をよく使っている。一つの時代が終わり、新しい時代が始まる、と感じる人も少なくないだろう。

 でも、ちょっと立ち止まって考えてみたい。「平成」といった元号による時の区切りに、どんな意味があるのだろうか。

 そもそも時とはいったい何なのか。誰かが時代を決める、あるいは、ある歳月に呼び名が付けられることを、どう受け止めればいいのだろうか。

 ■統治の道具だった

 スターリン時代の旧ソ連の強制収容所には、時計が無かったそうだ。

 ロシアのノーベル賞作家ソルジェニーツィンが、かつてそう書いている。理由はといえば、「時間は囚人のかわりにお上(かみ)が承知しているから」だと。

 囚人は収容所のなかで、今が何時かを知るすべはない。「作業を始める時間だ」「食事を終える時間だ」。懲罰的な意味合いも含め、時間は収容所側が一方的に管理するものだった。

 歴史を振り返れば、多くの権力は、時を「統治の道具」として利用してきた。

 日本の元号も、「皇帝が時を支配する」とした中国の思想に倣ったものである。

 前漢(紀元前206年~8年)の武帝が、時に元号という名前を付けることを始めた。皇帝は元号を決め、人々がそれを使うことには服属の意味が込められた。一部の周辺国が倣い、日本では「大化」の建元が行われた。

 確かに、人間が集団生活を営むうえで、時をはかる「共通の物差し」は不可欠のものだ。

 だから世界には様々な種類の「暦」が存在する。キリスト教暦である西暦、イスラム教のヒジュラ暦、仏暦やユダヤ暦。

 ただ、元号には独特なところがある。「改元」という区切りがあるからだ。日本では明治以降、一代の天皇に一つの元号という「一世一元」の仕組みも出来た。天皇が即位することで、起点はその都度、変わる。

 ■分かれる意識

 1979年に現在の元号法が成立した際、元海軍兵士の作家、渡辺清は日記に書いた。

 「天皇の死によって時間が区切られる。時間の流れ、つまり日常生活のこまごましたところまで、われわれは天皇の支配下におかれたということになる」(『私の天皇観』)

 時代を特徴づけるのは、その間の出来事である。戦争という暗い過去と重なることで、拒否感を抱く人はいるだろう。

 ただ今では、特に意識しないという声が多いようだ。

 今月の朝日新聞の世論調査によると、日常生活でおもに使いたいのが新しい元号だと答えた人は40%。西暦だと答えた人は50%だった。新天皇の即位と新しい元号で、世の中の雰囲気が変わると思う人は37%、思わない人は57%となっている。

 元号か西暦か、優先度が割れる背景には多様な考え方があるだろう。それは自然なことでもある。そもそも普遍的な時の尺度など存在しないのだから。

 中国語の「宇宙」には「この世界」との意味がある。「宇」は空間を、「宙」は時間をそれぞれ表す。時というものは、その空間と不可分であり、社会の現実を抜きにしては語れないというような概念にもみえる。

 ■自由な思考とともに

 さまざまな暦のような時代の画定がある一方で、人間には個々が抱く時の感覚がある。

 詩人は書く。

 「僕は腕のいいコックで/酒飲みで/オトーチャマ」。夕食の準備をしながら、幼い娘と言い争いが始まる。「小さなユリが泣く」。しかし、やがて、「しずかで美しい時間」が訪れる。「おやじは素直にやさしくなる/小さなユリも素直にやさしくなる/食卓に向かい合ってふたり座る」(黒田三郎『夕方の三十分』)

 人間は誰もが、何にも代えがたい時を持っている。

 大切な人との時間、自分の思索に浸る時間、みんなと思い出を共有したあの時……。そうした時の流れをどう名付け、区切るかは、個々人の自由の営みであり、あるいは世相が生み出す歴史の共有意識でもあろう。

 「わたしの青春時代」もあれば、「戦後」や「団塊の世代」といった言葉もある。世界に目を転じれば、「冷戦期」「グローバル化時代」というくくり方も思い浮かぶ。

 人生の節目から国や世界の歩みまで、どんな時の刻みを思い描くかは、その時その時の自らの思考や視野の範囲を調整する営みなのかもしれない。

 もちろん元号という日本独自の時の呼び方があってもいい。ただ同時に、多種多様な時の流れを心得る、しなやかで複眼的な思考を大切にしたい。

 時を過ごし、刻む自由はいつも、自分だけのものだから。

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