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 選手と観客、それぞれの思いが交差し凝縮する。スポーツの幸福な時間を見た思いがする。

 シアトル・マリナーズのイチロー選手(45)が、現役生活に終止符を打った。

 おとといの東京ドーム。観客に促され、試合終了後のグラウンドにイチローが再び立った。拍手と声援が包む。

 「あれを見せられたら、後悔などあろうはずがありません」

 その後の記者会見では、ファンへの感謝を何度も口にした。

 打ち立てた記録はまばゆいばかりだ。日本では7年連続の首位打者。大リーグ移籍後も、84年ぶりにシーズン最多安打記録を塗り替え(04年)、10年続けて200安打を達成した。

 打撃だけではない。強肩、俊足。スピード感あふれるプレーが鮮烈だった。パワー全盛の大リーグで野球の面白さを再発見させた、との評価は決して過大ではない。先達の野茂英雄選手が、ストライキ騒動で落ち込んだ大リーグ人気の復活の原動力になったのと同じように、球史に大きな足跡を残した。

 活躍を支えたひとつが、たゆまぬ準備だ。

 印象に残る場面がある。06年のWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)準決勝。雨で1時間弱中断した後、多くの選手が山なりのキャッチボールで体をほぐすなか、イチローだけが外野からいきなり快速球を相手の胸に投げ込んだ。

 試合に入った以上、常にベストのプレーができるように心身を維持する。「イチロー流」がかいま見えた瞬間だった。

 そんなストイックさは、人を容易に寄せつけぬ雰囲気を醸しだし、チーム内で孤立しているように映ることもあった。

 だがニューヨーク、マイアミと他球団を経験するなかで、視野が広がっていったという。引退会見では「人が喜んでくれることが自分にとっても一番うれしいことになった」と語り、この間の成熟ぶりを印象づけた。

 最近は後輩やさらに下の世代を意識した発言も増えていた。日米通算4千安打を達成したときには、「4千のヒットを打つには8千回以上悔しい思いをしてきた」と語っている。

 失敗に向き合い、克服の道を試行錯誤する。その営みをうむことなく重ねる力こそが、イチローをイチローたらしめたものだったのだろう。

 出場機会がなくなった昨年5月以降も練習に取り組んだ自らを、「どの記録よりも、ほんの少しだけ、誇りをもてた」。そんな言葉を残し、日米で28年間着続けたユニホームを脱いだ。

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