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 朝井リョウさんの夕刊連載小説「スター」が4月5日から始まる。初めてとなる新聞連載について、作品のテーマについて、朝井さんに聞いた。

 新聞小説には思い入れがある。小学6年生の時、学級新聞を独自に作っていた。理由は「新聞小説ごっこ」をしたいから。

 「レイアウトを自分で全部決めて、新聞小説の枠を一番大きくしていました。あとの記事はおざなりで(笑)。新聞に載っている小説が一番えらいという感覚がありました」

 「ごっこ」から17年。「同世代で新聞小説を読んでいる人はどれぐらいいるのだろうと考えたり、ウェブメディアに掲載されたインタビューの反響の大きさを知ったりすると、新聞とウェブ、どちらに発表する方がより読まれるのかなと思う。果たして本当に新聞小説はえらいのか、と」

 問いは、自身にも向けられる。近年、作家への第一歩は出版社の新人賞に限らなくなった。ウェブ発のベストセラー作家も生まれている。「えらい」と思われているものは、価値があるのか、質が高いのか。

 「直木賞を受賞したら、肩書が急に『直木賞作家』になりました。『何かが担保されているよね感』が怖いときがあります。表現は価値や質が揺らぐもの。直木賞をいただいた次の日に、アマゾンのレビューでガンガン星一つが付く。新人賞を受けたあと、2冊目以降、何の選考もなく値段がついて流通することにもずっと疑いのまなざしを持っていました」

 今作は、大学の映画サークルで出会った2人の青年の視点で描かれる。幼い頃から祖父の勧めで名画座に通い、名作に親しんできた尚吾(しょうご)。映画館のない島で育った紘(こう)は、スマホで海や山の風景を「かっこよく」撮るのが好きだった。

 映像を題材にしたのは、ユーチューブをよく見るから。テレビは何カ月もつけていないそうだ。「ユーチューブを見ながらいろんなことを考えています。私はテレビを通して何を見ていたのか。動画に取って代わられるなら、そこには共通して描かれているものがあるはずで、それはいったい何なのか」

 「映像では、数分でスターになり得る。100枚以上書かないと本にならない小説よりも、境目があいまいなような気がします。さらにあいまいなのは音楽だと思う。でも、その境目って何? 自分はどっち側だと思っているの?と疑問がふくらんでゆく」

 作中で2人が一緒に監督した映像作品は、大きな賞を受ける。卒業後、彼らの道は分かれる。尚吾は憧れの監督の下に入り、下積み生活へ。紘は自分の感性のままに映像を撮り、ウェブを発表の場とする。

 正反対の2人。「私は精神的には尚吾に近いですね」と言う。「小説の中では痛い目を見る人物が自分に一番近い。なぜかそうなるし、そのときに筆が走る。おなかを壊しながら書いていることもあります」

 プロットを書く中で、現役で作品を発表し続けている映画監督や、周囲の友人に話を聞いた。質や価値は誰が決めるのか。何によって決められるのか。話を聞いた映画監督の答えは、「答えのない問いだから、もっと早めに相談してくれていれば、そのテーマはやめろと言えたのに」。

 「考えれば考えるほどわからない。でも、原点に返れば、私は小説を通して正しいことを書きたいわけではないのです。『今度こういうテーマで書きたいんだけど、答えのない問いの周りをぐるぐるするだけになっちゃうかもしれない』と話した友人からは、『99人はそれが間違いだと思ってもいいから、今の自分としてはこう思うという手ざわりを書いてほしい』と言われました。確かにそうだなと思いました。この一行を書くために、このテーマを選んだんだ、という実感ある一行に出あえればいいなと思います」

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 「スター」は週1回、原則金曜日に大型紙面でお届けします。挿絵は雪下まゆさん。朝日新聞デジタルでも読むことができます。(中村真理子)

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