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 国際情勢が不確かであればこそ、日本が何をめざし、どこに向かうのか、政府の考え方を内外に明示する責任がある。

 安倍首相が北朝鮮の金正恩(キムジョンウン)・朝鮮労働党委員長との首脳会談について、条件をつけずに実現をめざす方針を表明した。

 これまで首相は、拉致問題での一定の前進を会談の前提としてきた。それを無条件でというのは大きな転換である。

 だが、その理由、戦略、今後の見通しとも、説得力ある説明は聞こえてこない。

 首相は国会で真意を問われ、会談への決意を「より明確な形で述べた」と語った。日朝平壌宣言に基づき、拉致、核、ミサイルの問題を包括的に解決し、国交正常化を目指す方針に変わりはないとも述べた。

 何も変わっていない、と言いたいのか。しかし、丁寧な説明もなしに態度を翻すのは、これまでも見てきた光景だ。

 日朝関係の打開には、当然、対話が必要になる。それなのに「対話のための対話は意味がない」と、圧力一辺倒の強硬路線に固執していたのは、ほかならぬ首相自身だ。17年の国連総会での演説では、北朝鮮との対話を「過ち」と断じ、「必要なのは対話ではない。圧力なのです」と呼びかけた。

 それが、トランプ米大統領の決断で初めての米朝首脳会談の開催が決まると「大統領の勇気を称賛したい」と一変し、対話の道を探り始めた。

 そのうえ、外務省が先月公表した19年版外交青書では、前年版にあった北朝鮮への「圧力を最大限まで高めていく」という表現まで削除した。情勢に応じた柔軟さは必要だとしても、無節操が過ぎる。

 同じ外交青書では、やはり前年版にあった「北方四島は日本に帰属する」との表現もなくなった。領土問題の原則に関わるというのに、河野外相は「外交青書はその年の外交について総合的に勘案をして書いている」と述べるだけで、とても説明になっていない。

 北朝鮮にしろロシアにしろ、相手を刺激しなければ前向きな対応を引き出せるというわけではあるまい。プーチン大統領との個人的な関係を過度に重視し、その意図を見誤ってきたようにも見える。

 夏の参院選を前に、外交を動かして政権への支持につなげたいのかもしれない。だが、冷徹な分析に基づく熟慮のない外交は場当たりに流れ、相手につけ込まれるだけだ。

 説明なき転換は危うい。拉致問題を最重要課題と位置づけるのなら、首相は自らの現状認識と今後の指針を、はっきりと示すべきだ。

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