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 政府は、天皇陛下が即位を公に宣明する今年秋の「即位礼正殿(せいでん)の儀」にあわせて、恩赦を行う方針だという。

 しかし、皇室の慶弔事を理由にした恩赦には、もはや何の合理性も説得力もない。前時代の遺物そのものであり、実施するべきではない。

 恩赦は、有罪の言い渡しを無効にしたり、有罪で失った資格を回復させたりする行為だ。本人らの申し出を受けてふだん行われている「常時恩赦」のほかに、▽対象となる刑や罪を内閣が決め、不特定多数に一律に実施する「政令恩赦」▽内閣が一定の基準を設け、期間を限って申請に基づいて個別に判断する「特別基準恩赦」がある。

 政令恩赦と特別基準恩赦は、国家的行事の際に何度か行われているが、今回、政府がどんな内容・規模で臨もうとしているのか、詳細は不明だ。

 いずれにせよ、裁判所が法令を適用して確定させた判決や、検察官の起訴権限に政府が介入する性格をもつため、権力分立の原則を侵すとして、かねて批判が寄せられてきた。

 まして、実施の理由が天皇の即位ということになれば、時の支配者が慈悲や寛大さを示し、その支配権をより強固にするために恩赦を利用してきた過去と重なる。国民主権や象徴天皇制をかかげる憲法の理念にそぐわないことは明らかだ。

 いつ起きるか分からない皇室の行事に、偶然いきあたった人だけが恩恵を受ける不公平感もつきまとう。

 確認しておきたいのは、恩赦の全てを否定しているわけではないということだ。罪を犯した人の更生を図る観点からは、相応の意味がないわけではない。

 例えば、無期懲役刑が確定した人は、仮釈放になっても保護観察下に終生おかれ続ける。大きな制約だが、本人の反省状況などを踏まえ、恩赦によって終わらせることができる。

 ただそれであれば、常時恩赦で対処すれば良い話だ。実際に中央更生保護審査会の判断を経て、こうした例を含め年間30件前後が恩赦相当とされている。これを超えて、広く一斉に実施する必要性は認められない。

 平成への代替わりの際には大規模な恩赦が実施された。そのとき最も恩恵を受けたのは、公職選挙法違反で有罪が確定し、公民権を停止されていた人々だった。政治家が支援者らの「復権」を果たすために恩赦と皇室を利用する。繰り返されてきたそんな構図が浮かびあがり、批判が巻きおこった。

 夏には参院選がある。まさかそれを視野に入れての恩赦ではあるまい。良識に基づいて判断するよう、政府に求める。

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