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 かけがえのない歴史遺産を守りながら、多くのひとが実物を目にすることでその価値を共有し、後世に伝える。文化財の保存と公開のあり方を示す好例にしていきたい。

 奈良県明日香村の特別史跡、キトラ古墳の壁画が、古墳そばの保存管理施設できょうから約1カ月間、公開される。3年前に施設ができてから春夏秋冬の年4回、期間や人数を限りながら見学の機会を設けている。

 文化審議会は3月、壁画について国宝に値すると答申した。それから初めての公開で、改めて関心を集めそうだ。

 石室内の東西南北の壁に描かれた青竜(せいりゅう)、白虎(びゃっこ)、朱雀(すざく)、玄武(げんぶ)の四神と、東アジア最古とされる天井部の天文図で知られる、およそ1300年前の飛鳥時代の極彩色壁画だ。中国や朝鮮半島の影響がうかがえ、いにしえからの大陸との交流を教えてくれる貴重な文化遺産でもある。

 ファイバースコープによる調査で最初に玄武像が発見されてから36年。価値が高いとされながら国宝への審査に時間を要したのは、石室から壁画をはぎとって保存処理するという前例のない難題に取り組んだためだ。

 壁画は石材に塗られたしっくいに描かれていたが、浮き上がったり亀裂が入ったりして、崩落の危険性もあった。文化庁は04年、壁画をはぎとり、古墳とは別の場所でしっくい層の強化やカビの除去などの修理をすると決定。専門家にも賛否両論があったが、後世に残すためにやむを得ない措置だった。

 技術開発を進めながら、6年余りをかけてはぎ取った壁画片は1143片にのぼった。修理作業を終えたのは16年である。

 一連の作業のかたわら、文化庁は壁画を順次公開した。村にある奈良文化財研究所飛鳥資料館や東京国立博物館での特別展を通して、大勢の地元住民や考古学ファンらが実物に接した。

 公開に踏み切った背景には、キトラの北約1キロにある高松塚古墳での苦い教訓がある。

 1972年に発見された高松塚古墳の壁画(国宝)は、石室を密閉して保存する方法がとられた。「非公開」で保護を優先したはずが、カビなどで劣化が進み、強い批判を浴びた。石室は解体を迫られ、壁画の修理作業は開始から十数年たった今も続いている。

 文化財保護法はその目的として「文化財を保存し、かつその活用を図る」とうたう。保護活動への理解を広げるためにも、可能な限り見学してもらう開かれた姿勢が求められる。

 キトラ壁画の国宝指定後も、公開を続けるべきだ。飛鳥の風土と自然の中、いにしえの美に触れ、思いをはせたい。

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