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 1967年に茨城県で起きた強盗殺人事件「布川事件」で無期懲役刑が確定し、2011年に再審無罪となった男性が賠償を求めた裁判で、東京地裁が注目すべき判決を言い渡した。

 捜査や公判を担った警察と検察に違法行為があったとして、県と国に計7600万円余の支払いを命じたのだ。

 地裁は、警察は男性にうその事実を突きつけて自白に追い込み、検察は男性に有利な証拠を開示しないまま公判を進めて、有罪判決を得たと認定した。

 いずれも許し難い行いだが、とりわけ証拠隠しがこのような形で断罪されたのは異例だ。

 元の刑事裁判では、被害者宅近くで男性を目撃したなどとする証言が、有罪を支える柱となった。だが捜査の初期段階ではそうした話は出ておらず、証言の信用性を疑わせる捜査報告書などがあったのに、検察は公判で明らかにしなかった。

 地裁はこの行動を厳しく批判した。検察官は「公益の代表者」として真相を明らかにする職責があり、重要な証拠は有利不利を問わずに、法廷に提出する義務を負うと指摘。特に弁護側から具体的な開示の申し立てがあった場合は、合理的な理由がない限り、応じなければならないと述べた。

 当時と異なり、いまは裁判員制度の導入に伴い、捜査側が持つ証拠のリストが弁護側に示されるなど、開示の仕組みは相当整備された。しかし、その対象にならない事件も多い。

 今回、東京地裁が検察官のあるべき姿を説き、これに反すれば賠償責任が問われると宣告した意義は大きい。過去の話だと片づけず、検察官一人ひとりがえりを正す必要がある。

 一方で判決には、納得できない箇所もある。

 男性が再審請求した後も、検察は証拠開示に非協力な態度をとり続けたが、判決は「協力する職務上の法的義務はない」と述べ、免責してしまった。

 2度目の請求で裁判のやり直しが決まるまでに、男性は26年の歳月を要した。この事実を地裁はどう受け止めたうえで判断したのか。公益の代表者としての責務が、再審段階では軽減される理由などないはずだ。

 最高検は11年、郵便不正事件をめぐる証拠改ざんへの反省に立ち、「有罪そのものを目的としてはならない」などとうたう「検察の理念」を策定した。捜査、公判、再審すべての局面で忘れてはならない姿勢だ。

 あわせて、この理念を具現化するルールの整備も急がれる。再審における当事者の権利や義務、証拠の取り扱いをはっきりさせる法律の制定を、政府・国会にあらためて求める。

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