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 国民の代表である衆院議員全員をクビにして民意を問い直すという「解散」の重みをわきまえぬ、不見識極まる発言だ。ウケ狙いの軽口と見過ごすわけにはいかない。

 夏の参院選に合わせた衆参同日選の可能性が取りざたされるなか、安倍首相が一昨日の経団連の総会でのあいさつで「解散風」に言及した。

 トランプ米大統領とのゴルフについて、4月の訪米時は風が強かったが、先日の千葉ではあまり吹いていなかったと紹介した後、「風という言葉に今、永田町も大変敏感」と話題を転じ、「風はきまぐれで、誰かがコントロールできるようなものではない」と述べた。

 首相自ら解散風をあおるかのような発言は異例である。解散を判断する立場にありながら、「きまぐれ」とか「コントロールできない」などと、人ごとのように語るのも無責任だ。

 憲法7条は、内閣の助言と承認に基づく天皇の国事行為のひとつとして、衆院の解散を挙げる。過去、多くの首相がこの規定を根拠に解散をしてきた。

 選挙で民意を問う意義は軽んじるべきではない。ただ、4年の任期を全うし、公約の実現に尽くすのが本来の姿であろう。日本と同じ議院内閣制をとる英国では、11年の議会任期固定法で、首相による恣意(しい)的な解散権の行使に歯止めをかけている。

 首相は12年末の政権復帰以降、14年11月、17年9月と2度にわたり、野党の虚を突くかたちで解散に踏み切り、与党が大勝した。衆院議員の任期を2年以上残し、腰を据えて取り組むべき課題も山積している今、党利党略優先の解散をまたも繰り返そうというのか。

 政権・与党の幹部からも、解散をめぐる発言がやまない。

 自民党の二階俊博幹事長は「(解散の)大義は1日あったらつくれる」とうそぶく。菅官房長官は、野党による内閣不信任決議案の提出が、解散の大義に「当然なる」と明言した。

 野党に対する牽制(けんせい)や政権与党内での求心力の維持など、さまざまな思惑があるのだろうが、解散をもてあそぶのは、いい加減にやめて、国会論戦や政策づくりに集中すべきである。

 「風」発言が物議をかもしたのに、首相はきのうの別の会合でも「きょうは風の話はしません」と述べ、会場の笑いを誘った。自民党内で失言が後を絶たないのも、首相のこうした振る舞いと無縁ではなかろう。

 参院選を前に自民党が所属国会議員らに配布した「失言防止マニュアル」は、「ウケも狙える雑談口調」を戒めている。まずは首相がこれを熟読すべきではないか。

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