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 ハンセン病元患者の隔離政策に関し、その家族への損害賠償を国に命じた先月の熊本地裁判決について、安倍首相が控訴しない方針を表明した。

 判決は、時効の考え方などで法理論や判例に照らして踏み込んだ内容を含んでおり、政府内には「控訴すべきだ」との意見も強かった。しかし首相は判決を受け入れ、「筆舌に尽くしがたい経験をされたご家族のご苦労をこれ以上、長引かせるわけにはいかない」と語った。

 隔離政策によって家庭が壊され、家族は差別や偏見、その恐怖にさらされてきた。救済に道を開く、重い判断である。

 裁判の原告側は、首相との面会と謝罪を求めている。真摯(しんし)に対応すべきだ。そして、救済の具体策作りを急がねばならない。判決が確定すれば500人余りに総額3億7千万円が賠償されるが、それ以外の家族にも広く金銭で補償するための制度が必要になる。

 裁判では原告に共通する損害が争点となった。判決は、大半の人に認められる被害を土台として、元患者の隔離で引き裂かれた関係が親子や夫婦だったか、兄弟姉妹の関係だったかで類型化し、それぞれ一定額を加算する方法をとった。

 補償制度の検討でも参考になるのではないか。対象とする家族の範囲や、判決で、弁護士費用を除き1人当たり30万円~130万円とされた金額など、論点は多い。政府は原告らと協議しつつ作業を進めてほしい。

 問われているのは、政府だけではない。

 判決は、元患者の隔離という国策が、家族への偏見と差別という「社会構造」をつくったと断じ、就学や就労の拒否、村八分、結婚差別などの「人生被害」をもたらしたと指摘した。

 01年に小泉政権が元患者に関する賠償判決の控訴を断念し、補償に乗り出して以降、国や自治体はハンセン病への理解を深めるための啓発や学習に力を入れてきた。

 だが、差別や偏見がなくなったとは言い難い。03年に熊本県内のホテルが元患者の宿泊を拒否。14年には、福岡県の小学校でハンセン病について誤った教育が行われ、児童が「友達がかかったら私は離れておきます」と作文に記していたことがわかった。

 今回の裁判の原告も、16年に提訴に踏み切るまで行動を起こせず、大半が匿名だった。その意味を一人ひとりが考えたい。

 ハンセン病だけではない。社会にはさまざまな差別や偏見がある。それらと決別し、根絶していくことを改めて誓う。控訴見送りを、その契機としなければならない。

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