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 参院選は、財務省による公文書改ざんという前代未聞の不祥事が昨年3月に発覚してから初めての国政選挙となる。

 「健全な民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源」。11年施行の公文書管理法は、公文書をそう意義づける。正確で十分な記録があればこそ、そこから教訓をくみ取り、未来に生かすことができる。公文書管理と情報公開が、民主主義の車の両輪とされるゆえんだ。

 地に落ちた政治や行政に対する信頼を取り戻し、国民の「知る権利」を守るために、どうすべきか――。

 参院選の公約に、野党の多くが公文書管理の強化や充実を盛り込んでいるのに対し、自民党の公約集には記載がない。

 17年の衆院選の公約にあった「情報公開、説明責任を全うするため、行政文書の適正な管理に努めます」との項目は抜け落ち、安倍首相が街頭演説で触れることもない。政権党として無責任とのそしりは免れまい。

 膨大な公文書を蓄積し公開してきた米国などに比べ、日本の実態は、制度の面でも、官僚や政治家の意識の面でも、貧弱というほかない。都合の悪い情報はむしろ残さず、責任の所在をあいまいにしようとする政治文化と無縁ではあるまい。

 説明責任を軽んじ、政権中枢への忖度(そんたく)がはびこる安倍政権のもとで、その傾向は一層強まっているのではないか。森友・加計問題や自衛隊の日報問題で、公文書を隠したり、廃棄・改ざんにまで手を染めたりした官僚の背信が明るみに出た。

 改ざんの真相解明は不十分なままで、政府が昨年7月にまとめた再発防止策も、とても問題の本質に切り込んだものではなかった。公文書とすべき記録を個人メモとする。なるべく文書を残さない。霞が関には、そんな本末転倒の考えが広がっているとも指摘される。

 最近、首相官邸で首相が省庁幹部と面談した際の記録を、官邸側は作っていないことが分かった。菅官房長官は「政策を所管する省庁が作成する」というが、省庁側にも記録がないケースが明らかになっている。

 一連の制度改革を経て、首相官邸に権限が集中し、首相主導で重要な方針や政策が決まる場面が増えている。その意思決定過程を検証するには、首相がいつどんな判断をし、どんな指示を下したのかの記録は不可欠だ。それは官邸側の責任においてつくるのが筋だろう。

 歴代最長の在任期間が視野に入る安倍首相である。その政治判断の記録が残されなければ、歴史に対しても、未来に対しても、責任を果たしたことにはならない。

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