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 広島に原爆が落とされた日から、きのうで74年を迎えた。

 核をめぐり、国際社会にはいま、荒涼たる風景が広がる。数年前までの「核なき世界」への希望が後退し、核大国は再び、軍拡に転じようとしている。

 核を「使える兵器」にする。そんな言葉さえ政治指導者から発せられる。まるで、74年前に被爆者たちが浴びた熱線も、広がる業火も知らぬかのように。

 核戦争は例外なく非人道的な殺害と破壊行為で、決して許されない。そう断じ、核兵器を禁じる条約をつくりあげた国際世論との溝は広がるばかりだ。

 ■高まる核のリスク

 「2020年、朝鮮半島の偶発軍事衝突が、北朝鮮による核攻撃に拡大する」。そんな小説が昨夏、米国で出版された。

 トランプ大統領のツイッターが意図せぬ反応を呼ぶ。米国も北朝鮮も誤算を重ね、働くはずの安全弁が外れていく――。

 その想定を、絵空事とばかりいえない現実の世界がある。

 「核兵器が存在し、抑止論に頼り続ける限り、いつか使われるのは必至だ」。著者のジェフリー・ルイス博士は言う。米ミドルベリー国際大学院の教授で、北朝鮮問題にも精通する軍縮の専門家だ。

 国連軍縮研究所のドゥワン所長は今春、「核兵器が使われるリスクは、第2次世界大戦後で最も高い」と警告した。

 その大きな理由は、米国とロシア、中国の競合の激化だ。とりわけ米ロは、世界の核兵器のうち9割、計1万2千発以上を今も保有している。

 核不拡散条約で核保有の権利を認められてはいるものの、引き換えに果たすべき義務である核軍縮に背を向け、いまでは逆行するふるまいが目立つ。

 冷戦終結を導く象徴だった中距離核戦力(INF)全廃条約は今月、白紙に戻された。トランプ政権は戦力の更新に力を入れ、「より使いやすい核兵器」の開発に乗り出している。

 ■核禁条約をめぐる溝

 これにロシアは対抗姿勢を打ち出したほか、台頭する中国も新型ミサイルなどの開発に突き進む。競争の舞台はサイバーや宇宙空間にも広がり、兵器システムは複雑さを増している。

 こうした大国のエゴによる核軍拡は、紛争だけでなく、システムの誤作動や誤認による核戦争の危うさも高めている。

 核が新たに広がった地域についての懸念も深い。互いに核を持つインドとパキスタンは今年、戦火を交わし、中東では、イランの核開発を制限してきた多国間合意が揺らいでいる。

 進まぬ軍縮と、核リスクの拡大を座視することはできない。その共通の危機意識から多くのNGOや非核国が実現させたのが、核兵器禁止条約である。

 2年前に国連本部で122カ国が賛成して採択された条約に、核大国は反対している。核抑止にもとづく安全保障の現実を理由に掲げるが、その後も現実を正すどころか、悪化させているのが核軍拡だろう。

 理解に苦しむのは、戦争被爆国・日本の政府が条約の採択時に参加せず、いまなお否定的な態度を続けていることだ。国際世論と連帯する日本の被爆者たちの思いと、政府の行動との間には深い断層がある。

 冒頭のルイス博士が核戦争について執筆した動機は、14年から毎夏、広島を訪れたことだ。「より多くの人が被爆者の声に耳を傾ける」方法として、近未来のシナリオを編み出した。

 広島の小倉桂子さん(82)は6月、欧州連合首脳会議のトゥスク常任議長がやってきた時、自らの体験を語った。議長は、世界の首脳は被爆地を訪れ、自分で見聞すべきだ、と応じた。

 ■被爆者の視点に立つ

 長年に及ぶ被爆者の声は、核禁条約の礎となり、今後の国際世論づくりでも期待される。ただ、あの日を知る人々が少なくなる今、記憶をつなぐには、新たな世代が過去から学ぶ想像力がいっそう必要となる。

 この春、本館がリニューアルした広島平和記念資料館が、ひとつの道を示している。

 原爆の惨状を示す実物を通じ、被爆者や遺族の視点から一人ひとりの苦しみ、悲しみを伝える構成だ。被爆者たちが自ら目にした光景を描いた「原爆の絵」を、国内外から訪れた人々が食い入るように見つめる。

 被爆者とやり取りし、なり代わるように絵を描きあげる若者たちもいる。広島市立基町(もとまち)高校で美術を学ぶ生徒たちが、12年前から取り組んでいる。

 3年生の門脇友春さんは、14歳で入市被爆した女性から何度も話を聞き、情景の心象にたどりついた。道路に横たわる焼けた遺体の数々……。「絵には言葉の壁もありません。想像していくことから始まり、見た人が能動的に考えるようになる」

 核兵器が使われたら、身の回りはどうなるのか。被爆者の苦しみを想像し、自分に当てはめてみる。そうした市民一人ひとりの営みこそが、核を使わせず廃絶へと向かう武器となる。

 その決意を新たにしたい。

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