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 終戦から74年。きのう東京で開かれた全国戦没者追悼式に天皇陛下が即位後初めて出席し、「おことば」を述べた。

 昨夏までの30年間、上皇さまは一言一句に推敲(すいこう)を重ね、この日のおことばに思いを注いできた。戦後50年の節目となった1995年に「歴史を顧み」、そして70年の2015年には「さきの大戦に対する深い反省」という一節を盛り込み、過去を直視する姿勢を内外に示した。

 そして今年。戦後生まれの陛下も「過去を顧み、深い反省の上に立って、再び戦争の惨禍が繰り返されぬことを切に願い」と、平成の時代の表現をほぼ受け継いで不戦を誓った。

 自国だけでなく他の国々、とりわけアジア太平洋諸国に与えた損害と苦痛を忘れない。その気持ちを言葉に込めることで、国際協調を重んじる考えに変わりがないと宣明したといえる。

 一方で、安倍首相の式辞には今年も「反省」の文字はなかった。第1次内閣当時の07年夏は口にしたが、12年末に再び政権に就いた後は、近隣諸国への言及ともども姿を消した。代わりにあるのは、「子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を負わせてはなりません」(戦後70年の首相談話)との思いだ。

 だが国民の代表者である政治家が、負の歴史から逃げず、真摯(しんし)に受け止める態度を表明し続けてこそ、謝罪が不要な関係を結べるのではないか。右派層に厚い支持基盤をもつ首相である。先の世代のために、今やるべきことがあるはずだ。

 式辞で目を引いたのは広島・長崎の原爆や各都市への空襲とあわせ、沖縄での地上戦の犠牲に触れたことだ。過重な基地負担に苦しむ沖縄の原点に、第2次大戦とその後の米軍統治がある。県民の思いにこたえる具体的な施策を講じることで、式辞が形だけのものではないと証明してもらいたい。

 首相はまた、戦地に残る元兵士らの遺骨の一日も早い帰還に「全力を尽くす」と述べた。だが現実はどうだろう。

 シベリアに抑留された人々のものとされた遺骨について、日本人ではない疑いが浮上している。専門家の指摘を受けながら厚生労働省は放置し、ロシア側にも伝えてこなかったという。国籍を問わず、戦争犠牲者への敬意を欠く行いであり、政府として厳正な対処が必要だ。

 きのうの「追悼の辞」で、衆参両院議長はそろって日本国憲法の平和主義に言及し、その実現に全力を尽くすと約束した。歴史に学び、反省を踏まえ、憲法をいかす。未来に向け、平和を守り続けるために何が必要かを考えさせる式典となった。

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