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 保管してきた昭和天皇の直筆の原稿を学習院大学史料館に寄贈した牧野名助(もりすけ)さん(93)が取材に応じ、長年にわたりそばで仕えた昭和天皇への思いを語った。▼1面参照

 牧野さんは1947(昭和22)年から宮内庁(当初は宮内府)に勤務。昭和40年代から昭和天皇の内舎人(うどねり)になった。衣服の調達や着替えなど身の回りの世話を担当。逝去まで約20年間にわたり日常生活を支えた。

 昭和天皇はあまり感情を表に出すことはなかったため、牧野さんは言葉の端々から推し量ろうとした。「ねぇー」と声を掛けてくる際は機嫌は良好。「だってー」との返事は説明に納得していない。自省している時はよく独り言をつぶやいていたという。常に昭和天皇の気分を察しようと努めた。

 牧野さんによると、昭和天皇は日頃から、メモや手帳に様々な事柄を記していた。地方訪問では宿泊先のホテルのメモ用紙などに、現地で見た動植物や思いついた和歌などを書き留めていたという。

 牧野さんが和歌の原稿を保管していたことを思い出したのは1989(平成元)年に退職してから10年ほど後。改めて確認すると、昭和天皇が率直な思いを歌った未発表の作品も多くあることに気付き、「残した方がいいかもしれない」と感じた。ワープロに打ち込んで整理し、「昭和天皇詠歌」と題したファイルを複数作成、原稿の現物と共に、大切にしてきた。

 改めて原稿を眺めると、昭和天皇のそばで過ごした日々を思い出すという。例えば、86(昭和61)年3月17日夜、須崎御用邸の屋上で天体観測をしたときのことを詠んだ和歌。

 《雲もなくやよひの空にあまたなるほしかゝやきてうつくしくみゆ》

 この時も、牧野さんはそばに控えていた。「お寒くないようにガウンをおかけしたことを覚えています。楽しまれたことが伝わってくる歌です」

 翌87(同62)年に病に倒れ、秋の沖縄訪問が中止された悔しさを吐露した和歌も残されている。

 《思はざる病にかゝり沖縄のたびをやめけるくちおしきかな》

 牧野さんは、昭和天皇の沖縄への強い思いをそばで感じていた。昭和天皇が懐中時計の鎖に沖縄の日本復帰を記念するメダルをつけ、肌身離さず身につけていたのも目にしてきたといい、「やはり行かせてさしあげたかった」と振り返る。

 香淳皇后を思う未発表の和歌も複数記されていた。「テレビを見る際、陛下が隣の(香淳)皇后陛下の手に自身の手を重ねていたことを思い出します。本当に仲むつまじくていらした」

 今回、罫紙(けいし)とメモが研究機関に寄贈されたことについて、「私には重すぎる文書であり、長年、廃棄すべきかどうか悩んできました。ただ、この文書のおかげで陛下の本当のお気持ちが世の中に伝わったのであれば、保管を続けてきてよかった。後世に大切に残して欲しい」と話した。(中田絢子)

 ◆主な和歌(直筆原稿から)

 ■1986(昭和61)年

 在六十年祝典の行はれし國技館(四月二十九日)

 國民の祝ひをうけてうれしきもふりかへりみればはづかしきかな

 この義式は國の行事なれどこれでよきや

 (4月29日の85歳の誕生日にあった在位60年記念式典の際に)

 今年も八月15日に靖國神社の問題起る

 今年の此の日にも又靖國のやしろのことに(て)うれひはふかし(うれはしきかな)

 (85年に中曽根康弘首相が靖国神社に公式参拝し、中国や韓国などの批判で翌86年に首相の参拝が見送られた時期に)

 ■88(昭和63)年

 初年に我の病の直りしをよろこびにけるひとあつまれり

 此の度の事嘉ひし人々にあつく礼(ゐや)いふたのしきあさ(には)に

 (87年9月に手術を受けた後、症状は一時改善し、88年の新年一般参賀に臨んだ) (全國戰没者追悼式(昭和63年八月十五日))

 やすらけき世を祈りしもまだならぬ(は)くちおしきかなきざしみれども

 いつのまによそぢあまりもたちにけるこのしきまでに(のうちに)やすらけき世みず

 あゝ悲し戰の後思ひつゝしきにいのりをさゝげたるなり

 (昭和天皇最後の公式行事となった8月15日の全国戦没者追悼式に寄せて)

    ◇

 (歌に添えた題名や説明も引用し、誤字と思われるものもなるべく原文通りに表記。作歌の年は推定)

 ◆キーワード

 <学習院大学史料館> 学習院大学の付属機関として1975(昭和50)年に設置された。学習院関係者や皇室関係者の史料のほか、中世以来続く公家や、近世から近代にかけての大名、華族などに関する史料約13万件を収蔵している。

 天皇陛下が皇太子時代に客員研究員を務め、同館を拠点に研究活動を続けた。

 

 <訂正して、おわびします>

 ▼5日付社会面の昭和天皇直筆原稿寄贈の記事で、昭和天皇の和歌「雲もなくやよひの空にあたまなるほしかゝやきてうつくしくみゆ」の「あたまなる」とあるのは、「あまたなる」の誤りでした。資料から引用する際に誤って記載しました。

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