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 ■命を奪った事実も直視

 8月12日朝刊の「モノ語る 従軍手帳、託された願い」を読んだ。戦争の経験者、語り手が少なくなっていく中、今も残る物品に着目した点は、遺品を重視し、リニューアルした広島平和記念資料館(原爆資料館)を思わせた。実際、今回取り上げられた従軍手帳の写真からは、そこに焼き付いた思いが感じられる気がして、戦争に思いを巡らせるきっかけになった。手帳の内容からは部下を思いやる一方で、敵の命を奪った事実からも目を背けてはならないという視点が感じられた。(原田和美 25歳 福岡県)

 ■戦争を語るモノ、保存を

 戦争を報じる記事は、戦争を経験した人が減少し、亡くなった人からの伝聞や思い出話が中心になることが多い。伝聞や思い出は大げさになりがちだと無意識に思っているため、語られる内容も心に届きにくい。だが、この夏の企画「モノ語る」は、例年の戦争特集より心に響いた。個人が生きていた証しといえるワンピースや日記、その写真をじっくりと凝視した。しかし、それらも年月がたち、劣化は避けられないだろう。個人のものではあるが、保存して公開できないものか。(河野明子 55歳 東京都)

 ■8月に限らず、報道して

 今までも戦争についての記事を読んできたが、「モノ語る」を読んで、戦争の実体験をもっと聞いていかなければいけないと感じた。戦争のむごさ、非情さ、悲しさ、つらさは74年たった今も消えることがない。私自身も戦後生まれで、夫の祖母から少し話を聞いた程度だ。「モノ語る」を読んで、日本で起きた戦争をもっと深く知るべきだと思った。戦争を経験された人の体験を、戦争を知らない世代にもっと伝える場がたくさんあってほしい。8月に限らず、記事にできないか。(曽我部真樹 43歳 大阪府)

 ■加害者としての日本は

 「モノ語る」を含め、戦後74年をめぐる朝日新聞の報道は、被害者としてのアイデンティティーをいかに語り継いでいくかに主眼が置かれていたと感じる。加害者としての日本の姿はほとんど語られていなかった。しかし、一方で、記者がツイッターで日本の加害を報じた記事が信じられないほど閲覧されているとツイートしているのを目にした。日本の加害者としての実態も含めた戦争を知ろうと考えている読者は一定数以上いるのだろう。そういった要望にこたえる報道を期待したい。(後藤基史 41歳 東京都)

 <試行錯誤重ね、「等身大を丁寧に」>

 マンネリズムに陥らずに、どうやって読者のみなさんに読んで頂くか。戦争や原爆をテーマとするとき、いつもそれを悩みます。何しろすでに70年以上が経過しているわけですから。

 身近な「モノ」を通して人々の物語を書けば、関心を持って読んでもらえるのでは。今年の企画「モノ語る」は過去の試行錯誤を踏まえた、こうしたコンセプトから生まれました。

 初回は広島で被爆死した13歳の少女の話です。日常が続くことを願った少女の日記は、翌日に原爆が投下され、途絶えました。戦争の理不尽さを、日記は強く訴えかけてきます。日記を後世に残すかどうか悩んでいる兄の「等身大」の心情を淡々と、そして丁寧に書くよう心がけました。読者の方から、掲載したモノの写真を凝視した、というご意見がありました。今回の企画が、戦争について考えるきっかけとなったのであれば、うれしく思います。

 被爆者の平均年齢は82.65歳に達しました。取材の機会も限られ、戦争体験者の記憶を継承していくことはますます難しくなるでしょう。来年は戦後75年を迎えます。戦争や原爆をテーマとした記事を8月に限らず掲載していきたいと思っています。(大阪社会部次長・田村隆昭)

 ◇東京本社発行の朝刊、夕刊の最終版をもとにしています

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