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 沖縄県宮古島市が市民6人に対し、総額1100万円の損害賠償を求める訴訟の準備を進めている。市民が市長らを相手取って別途起こした住民訴訟で、「虚偽の事実を繰り返し主張して、市の名誉を傷つけた」というのが理由だ。

 市民による行政監視活動への意趣返しと言わざるを得ない。市は方針を撤回し、市議会もまた、首長部局の暴走をいさめてストップをかけるべきだ。

 発端は、不法投棄されたごみを撤去するために、市が14年度に業者と結んだ契約だ。これについて6人が、ごみの量を過大に見積もって不要な支出がされたとして、下地敏彦市長らに対し、相当額を市に返還するよう求める住民訴訟を起こした。

 訴訟に先立ち、市の担当職員と業者が、回収したごみの量を水増しして市や議会に報告していたことが明らかになり、市長自身が謝罪している。事業費の妥当性に市民が疑問をもってもおかしな話ではない。

 裁判所は「契約金額は市長の裁量権の範囲内だった」と判断して市民らの請求を退け、今年4月に確定した。だが判決理由の中では、業者に対する市の監督・検査のずさんさなどが指摘されている。裁判を通じて浮かびあがった課題を真摯(しんし)に受け止め、今後の適正な行政運営に生かすのが、自治体としてとるべき態度ではないか。

 そもそも住民らが問題にしたのは、市長や市幹部による公金支出のあり方の当否だ。それがなぜ「市の名誉」を傷つけることになるのか。「市長や幹部は市そのものだ」という、ゆがんだ意識が透けて見える。

 監査請求や住民訴訟は、市民が自治体をチェックする重要な手段として、法律で定められている。実際に全国各地で、首長や議員の違法な支出を正し、他の自治体にも緊張感をもって執務に当たるよう、注意を喚起してきた歴史がある。

 その手続きを利用した市民が被告とされることになれば、当人らの負担はもちろん、「行政にものを言うと訴えられる」との不安を広く引き起こし、市民活動を萎縮させかねない。

 裁判を通じて正当な権利回復を図ることは、憲法で保障されている。だが、批判を抑え込んだり圧力をかけたりする目的で裁判を悪用するケースもあり、「恫喝(どうかつ)訴訟」「スラップ訴訟」などと呼ばれている。

 正当か不当かの線引きは簡単ではないが、宮古島市の動きが本来の姿を逸脱しているのは明白だ。公的機関の行いに異議を唱えた住民に、その公的機関が矛先を向ける。そんなことが許されたら、地方自治や民主主義は機能不全に陥ってしまう。

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