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 10年前のきょう、民主、社民、国民新の3党連立による鳩山由紀夫内閣が発足した。総選挙で野党第1党が単独で過半数を得て政権が交代したのは戦後初めてだった。民主党政権は3年3カ月で幕を閉じたが、有権者に選択肢を示し、政治に緊張感をもたらす政権交代そのものの意義を忘れてはなるまい。

 2009年8月の衆院選は、投票率が69%に達し、民主党が308議席を獲得して圧勝した。しかし、期待は間もなく、失望に変わる。官僚を排除した政治主導は空回りし、米軍普天間飛行場の移設問題で迷走した鳩山内閣は、自身や党幹部の政治資金疑惑もあり、わずか9カ月で崩壊した。

 その後、菅直人氏、野田佳彦氏と首相が次々と代わるなか、東日本大震災と原発事故への対応に追われ、最後はマニフェストになかった消費増税の決断で党分裂に至った。

 一連の混迷の反動で政治に安定を求める民意が、今の「安倍1強」を支えている側面は否定できない。民主党政権の「失敗」のツケは大きいと言わざるをえないが、安倍首相が繰り返す「悪夢」という決めつけは一方的過ぎる。民主党政権が目指し、成し遂げたものを冷静、公平に評価しなければならない。

 例えば、社会全体で子どもを育てるという理念に基づいた、子ども手当や高校教育の無償化は、形を変えて安倍政権に引き継がれている。事業仕分けは行政事業レビューに衣替えして続く。民主党政権が看板に掲げた「全世代型社会保障」は、発足したばかりの改造内閣の最重要課題ではないか。

 一方、核持ち込みなどの日米密約の検証は、自民党政権下では難しく、政権交代あったればこその成果だろう。原発事故の後、エネルギー政策の意思決定に民意を取り込もうと、市民に討論してもらいながら意見の変化をみる「討論型世論調査」を実施し、原発ゼロ政策につなげた。これも自民党政権の発想にはなかったものだ。

 「市民が主役」を掲げて結党した民主党の政策体系の基本には、「お任せ民主主義」から「参加型民主主義」への転換があった。鳩山首相の最初の所信表明演説では、行政だけではなく、市民や企業など、地域の様々な主体が支え合う「新しい公共」の考え方が打ち出された。

 政権の挫折は、こうした理念が間違っていたことを意味しない。民主党の流れをくむ立憲民主党や国民民主党は、かつての政権運営の「遺産」を生かし、自分たちの理念を実現するための政策を磨きあげる必要がある。それこそが巨大与党に対抗する一歩となるはずだ。

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