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 制度が抱える構造的欠陥と、担当閣僚の不見識、無責任ぶりを示す発言と言うほかない。

 来年度から始まる「大学入学共通テスト」に英語の民間試験が導入されることによって、家庭の経済状況や住む地域による不公平が生じるのではないか。報道番組で問われ、萩生田光一文部科学相はこう答えた。

 「それを言ったら『あいつ予備校通っていてずるいよな』というのと同じ」「自分の身の丈に合わせて頑張ってもらえば」

 民間試験は英検など7種の中から受験生が自分で選ぶ。入試として受けられるのは2回までと決まっているが、別途、腕試しは何度でも自由にできる。

 受験料(1回約6千~2万5千円)に加えて会場までの交通費、場合によっては宿泊費もかかるため、都市部の裕福な家庭の子とそうでない子とで条件が違い過ぎると、懸念の声があがっている。生徒の側に「受けない」という選択肢はなく、予備校通いと同列に論じられる話でないのは明らかだ。

 入試には貧富や地域による有利不利がつきまとう。その解消に努めるのが国の責務であり、ましてや不平等を助長することはあってはならない。それなのに教育行政トップが「身の丈」を持ちだして不備を正当化したのだ。格差を容認する暴言と批判されたのは当然である。

 萩生田氏はきのう発言を撤回した。だが大臣として急ぎ取り組むべきは、改めて浮き彫りになった新制度の欠陥の是正ではないか。少なくとも受験料負担と試験会場をめぐる不公平の解消を図らねば、受験生や保護者の納得は得られまい。

 民間試験に関しては、異なるテストを受けた者の成績を公平に比較できるかなど、他にも課題は多いが、萩生田氏は今月初め、「初年度は精度向上期間」と述べて物議をかもした。

 改革の方向性は正しいのだから、多少問題があってもやるしかない。氏に限らず今回の入試改革の関係者には、そんな開き直った態度が見え隠れする。

 文科省のまとめでは民間試験を活用する大学・短大は6割にとどまる。中には一部の学部でのみ使う例もあるので、実際の使用率はもっと低い。また、求める得点レベルを極端に下げ、事実上成績不問とする大学も珍しくない。入試で最も大切な公平・公正に対する不安と不信の表れにほかならない。

 改革の目玉である民間試験への懐疑は、共通テスト制度そのものの信頼を揺るがす。矛盾を放置したまま実施を強行し、本番で問題が噴出したらどうなるか。文科省にとどまらない。そのリスクを政府全体で共有し、対策を講じるべきだ。

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