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 ベルリンの壁が打ち崩されてから、きのうで30年になった。当時の米ソ両首脳は翌12月、マルタに集い、冷戦の終結を宣言したのだった。

 あのとき、東西両陣営が共有したのは、自由主義を信じる高揚感だった。人権と民主主義を尊び、誰もが分け隔てなく暮らせる新時代を期待した。

 あれは幻想だったのか。今の世界を覆っているのは、目に見えない新たな「壁」である。

 旧東欧では、移民や難民への反感が広がっている。旧西側でも排外的な考えが横行し、英国の欧州連合(EU)離脱をめぐる混乱の一因にもなった。

 一時は唯一の超大国と呼ばれた米国も、もはや自由主義の旗手とは言いがたい。隣国メキシコとの間に新たな壁をつくり、イスラム圏からの移民に扉を閉ざす動きも見せた。

 各地で共通するのは、敵か、味方かの二分法で分断をあおる政治である。多数派の論理で異論を排除するポピュリズムが蔓延(まんえん)し、民主制度下における強権政治が台頭した。

 旧西側世界の混迷を尻目に、自信を蓄えたのが中国である。政治は一党支配、経済は市場主義を採り入れた「国家資本主義」をとることにより、急速な富国強兵を遂げた。

 その新興大国と米国との覇権争いは新冷戦とも形容される。だが、トランプ大統領の外交に新思考は見えない。むしろ、大国が力まかせに競った20世紀以前のゼロサム思考のような米国第一主義を唱えている。

 今こそ、冷戦に終止符を打った教訓を思いおこしたい。

 ソ連のゴルバチョフ氏は東欧を勢力圏とみる考えを捨てた。タカ派だったレーガン氏も相手の真意を読み、核軍縮などで歩み寄った。冷戦終結は軍事力ではなく、共通の利益を求める協調外交の成果だった。

 この30年、とりわけ米国をはじめとする旧西側の指導者たちは不覚を認めざるをえないだろう。あのとき自由主義は「勝った」のではなく、新たな試練の起点に立たされていたのだ。

 ネット技術とグローバル化の進展により、国家も組織も個人も隔てる垣根が減った。その一方で紛争地域の戦乱が相次ぎ、欧米では過度に自由競争を重んじる市場経済の浸透で格差が広がった。その混沌(こんとん)の果てに、大戦後の世界を規定した自由な国際秩序がきしみ始めている。

 気候変動のように、国境を越えた課題は格段に増え、国際協調の必要性は増している。格差と憎悪という内なる「壁」と、一国主義という対外的な「壁」を取りのぞき、寛容と包含性に富んだ共生のための国際規範づくりに動きだす時である。

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