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 ■東北医科薬科大×朝日新聞

 東日本大震災の後、東北地方の医師不足がより深刻化している。東北医科薬科大学は2016年、東北に根ざし貢献できる医師を育てるため、日本の大学としては37年ぶりに医学部を新設した。東北の地域医療の現状と未来を考えるため、朝日新聞社と「朝日教育会議2019」を共催。地域医療に長らく携わってきた諏訪中央病院名誉院長の鎌田實さんを招き、議論した。【仙台市青葉区の仙台国際センターで11月3日開催】

 ■基調講演 信頼関係つくり症状改善、在宅ケアの魅力 諏訪中央病院名誉院長・鎌田實さん

 1974年に東京の大学を卒業し、長野県茅野市にある諏訪中央病院に赴任しました。八ケ岳山麓(さんろく)にある総合病院で、医師は当時4人しかいませんでした。でも、医師のいない困っている所へ行くことに自分の人生の意味があると考えました。

 医師が足りないので、都会の大学病院や専門病院と同じことをしてもかないません。東京の病院にない魅力を作らなければいけない。僕たちは、地域医療にこだわりました。

 政府はいま、往診や訪問介護を受けながら住み慣れた地域で暮らせるよう、地域包括ケアのシステムを作りなさいと呼びかけています。2025年には約43万人の「介護難民」が生まれると言われていますが、介護施設を増やすには限界があります。在宅ケアを広げることで急場をしのごうとしているわけです。

 地域包括ケアという言葉を、偶然にも僕は30年ほど前から使ってきました。でもそれはもっと魅力的な意味です。いち早く取り組んだのは、「施設を建てるよりもお金がかからないから」ではなく「在宅ケアに魅力があるから」です。

 脳卒中で倒れたおばあちゃんの話をします。左半身マヒとなり、要介護5で寝たきりの状態でした。同じく高齢の夫と家にいたいということで、うちの病院の医師たちが在宅ケアをしていました。あるとき、歩く訓練のために自宅を訪れた理学療法士らがマラソン大会に出ることが話題になりました。すると、おばあちゃんが「お弁当を作って応援に出かけたい」と言ったのです。

 そこで、医師は少しでもおばあちゃんが動けるように関節の周りの筋肉に注射を打ち、作業療法士は手を動かす訓練に付き添いました。すると、奇跡が起きるんですね。おばあちゃんはおにぎりを握り、卵焼きを片手で焼けるようにもなりました。大会当日は朝4時に起きてお弁当を作り、応援に駆けつけてくれました。

 人のために、という動機付けはとても大事です。そして、医療をする側と受ける側が信頼関係をつくる中で、病気や症状を改善していくことが大切なのです。

 健康で長生きするためには、野菜やたんぱく質をしっかりとり、生きがいを持つこと。そして、筋肉を動かして「貯筋」することが大切です。そのため、一貫して続けてきたのが「健康づくり運動」です。かつて長野県は脳卒中が多発する県でした。脳卒中で倒れたお年寄りを、お嫁さんが休む間もなく介護し続ける姿を目の当たりにし、「倒れないお手伝いをすることが大切ではないか」と感じました。そこで健康づくり運動を始め、年間約80カ所の公民館をまわりました。手間暇をかけて住民の生活習慣や意識を変えることで、その後、長野県の平均寿命は日本一にもなりました。

 在宅ケアや健康づくり運動のように、他ではあまりやっていないことを続けていると次第に評判になります。そのうち日本中の医学生が研修に来るようになりました。現在、諏訪中央病院には約100人の医師がいます。

 僕たちはつい、神の手を持つような名医を探そうとします。しかし、本当に大事なのは良医です。病気だけでなく、心の相談、家族の相談まで聞いてくれるような良医を、徐々にでも東北の地で育てていくことが大切だと思います。

     *

 かまた・みのる 1948年生まれ。東京都出身。東京医科歯科大学卒業後、諏訪中央病院へ赴任。30代で院長となり、経営難の同病院を再生させた。「JIM―NET」(ジムネット、日本イラク医療支援ネットワーク)代表を務めるなど、国内外で医療支援に取り組む。

 ■パネルディスカッション

 東北にゆかりのある5人が登壇し、地域医療の課題や未来について意見を交わした。(進行は一色清・朝日新聞社教育コーディネーター)

     ◇

 ――医師不足や医師の偏在という課題について、どう考えるか。

 鎌田 専門医を育てるだけでは都会に勝てない。僕が言いたいのは「総合医が専門医を集める」ということだ。大学から諏訪中央病院に派遣された専門医は、うちの病院がとても働きやすいと言う。それは総合医がたくさんいるからだ。例えば脳外科の専門医が手術した患者を総合医が引き継ぎ、リハビリを施して自宅に戻す。患者は生き生きと暮らせる。脳外科医も手術・治療に集中して、腕の見せどころをつくれる。東北医科薬科大学は、今までにない新しい教育で総合医を育てようとしている。東北地方で高度医療を手がける病院にも総合医がいれば、より医療が進歩するはずだ。

 ――「多職種連携」という言葉がある。医師や看護師、薬剤師が連携することで、医師不足をカバーすることはできるだろうか。

 柴田 例えば、お風呂に入れなくなった患者がいるとする。理学療法士や作業療法士は、服を脱げなくなったのか、浴槽をまたげなくなったのか、様々なことを考え、運動機能を回復させるトレーニングを勧めるかもしれない。薬剤師なら、薬の飲み合わせや副作用でめまいが出たと考え、薬を変える処方を医師に提案するかもしれない。職種によって視点が異なるため、様々なアドバイスが出る。これが患者には重要だ。

 ――医薬分業の観点ではどうか。

 生出 東日本大震災が起きたとき、被災地にすぐに入ってくれた医師の多くは外科医だった。ところが実際に集まった患者は、高血圧や糖尿病といった慢性的な病気を持つ人ばかり。全国各地からお送りいただいた薬を薬剤師会が避難所に持っていったが、外科の医師は専門外の薬まで把握することが難しかった。ちょうどジェネリック医薬品が急激に増えた時期で、余計に名称が分かりづらかった。相談を受けた薬剤師が医師に処方を提案する姿を見て、これこそ「医薬分業」だと感じた。

 ――医療の職種間の連携に加え、患者とのコミュニケーションも大事だと思う。

 白澤 自分の経験で話すと、通っていた小児科のかかりつけ医が頻繁に変わる時期があった。知らない先生がいるという環境に子どもがなかなか慣れない。親である私も緊張し、子どもの症状を正確に伝えられない。信頼関係のある医師なら、症状だけでなく、普段から気になっていることもポロッと話せると思う。

 鎌田 研修の医学生にはまず「患者の目を見ながら同じ目の高さで話をしよう」と教えている。ベッドのふちに座って窓を見ている患者には「おばあちゃん、ちょっと隣に座っていいかな」と話しかける。恋人同士でもベンチに座って目線が合わない方が話しやすくなることがあるのと同じだ。窓から八ケ岳を見上げながら話していると、気になっていることや心残りになっていることをポツリと話してくれる。病室を去るまでに、患者さんに1回は笑ってもらうことを意識している。

 大野 医療人に技能が必要なのは間違いないが、もう一つ大事なのが「心」だ。東北医科薬科大学はそのために、学生たちが患者に接する機会を早めに設けている。大学が学生にできることは、「この患者さんはこういうことを考えているのかな」「じゃあ今日はこういう言葉で話してみよう」と自ら考える経験をさせること。「医者の仕事の半分は心である」ということに気づかせたい。

 ――東北に必要な医療の人材を、どう育てればいいだろうか。

 柴田 患者は医療者に対し、伝えたいことの一部しか言葉に出せない。医療側の感受性が高ければ、患者の目つきや表情から「まだ言い足りないことがあるんじゃないか」と感じ取れる。学生の感性を磨く教育をしていきたい。

 大野 大学卒業後も地元の病院で指導を受けて住民と交流すれば、愛着が生まれて東北に定着してもらえると思う。時間はかかるが、東北に愛着を持った学生を育てたい。

 生出 「学生よ、留年を恐れるな」と言いたい。読書や映画、交友関係によって人間の幅を広げ、社会に出てもコミュニケーションがしっかりとれる人間に育ってほしい。そして、医療関係者全体が「ワンチーム」となって、東北の患者をサポートしてほしい。

 白澤 どうして医師を目指したのか、どういう夢があるのかについて、学生自身が地域に出て住民たちに話す機会があると良いと思う。夢を持ってがんばる学生の姿を見れば、住民からもリスペクトが生まれるのではないだろうか。

     *

 <柴田信之さん 東北医科薬科大薬学部長>

 しばた・のぶゆき 栃木県出身。東北薬科大学卒。東日本大震災後、学生とともに仮設住宅でのボランティア活動に関わる。

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 <生出泉太郎さん 日本薬剤師会相談役>

 おいで・せんたろう 東北薬科大学卒。東日本大震災時は宮城県薬剤師会長・日本薬剤師会副会長として被災地に薬剤師を派遣した。

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 <白澤奈緒子さん 東日本放送アナウンサー>

 しらさわ・なおこ 岩手県出身。東日本放送に入社後、ニュースキャスターや情報番組の司会などを務める。一男一女の母。

 ■プレゼンテーション 生活者の視点、現場で学ぶ 東北医科薬科大医学部副学部長・大野勲さん

 東北医科薬科大学は、地域医療を支える人材をどのように育てようとしているのか。大野勲・医学部副学部長が現状を説明した。

 充実した修学資金制度=キーワード=は大学の大きな特徴だが、カリキュラムにも特色がある。学生たちは病気について詳しく学ぶ前の2~3年次、東北の病院や診療所、介護施設を泊まりがけで訪問。地域医療の現状や課題を肌で感じてもらうことが、一番の狙いという。6年生になると、そのときに訪れた医療機関や介護施設で計6週間、臨床実習をし、地域包括ケアも学ぶ。

 大野さんは地域医療について「病院に来る人だけではなく、地域住民全体が対象になる。健康増進、治療、そして社会復帰までを含む連続的なもの」とみる。だからこそ地域医療の教育には、生活者の視点を生活の現場で学ぶことが欠かせないと考えている。

 医学部の1期生は現在4年生。大野さんは「私たちの教育が、東北の地域医療の再生に貢献できるのか。結論が出るのはまだ先だ」とした上で、「心と技量を併せ持った卒業生を送り出したい」と抱負を語った。

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 おおの・いさお 福島県出身。東北大学卒業後、東北の地域医療と医学・薬学教育に従事。専門は呼吸器内科。

 ■人間力・総合医・連携がカギ 会議を終えて

 東北医科薬科大学は2016年に医学部をつくった。日本で医学部の新設は37年ぶりだった。背景の一つに、東北の医師不足問題があった。専門医がいない、医師はオーバーワークでへとへとだ、病院が遠く待ち時間が長いので病院通いがつらい、などなどエピソードは東北ではいくらでもある。

 議論では、パネリストがそれぞれの立場から東北の地域医療への思いを語った。印象に残ったのは、三つの大切なことだ。

 一つは人間力。地方の医師は患者との信頼関係がとても大事だと言う声が相次ぎ、「医者の仕事の半分は心」という発言も出た。鎌田さんの「名医より良医」という言葉の意味もこのことだろう。

 もう一つは専門医より何でも診ることができる総合医が重要になるということだ。住民は専門医に診てもらいたいという気持ちになりがちだが、地方では全部そろえるのは難しい。いい総合医を増やすことで地域の医療に対する住民の理解は深まるはずだという。

 三つ目は医療関係者同士の連携が大切ということだ。医師、薬剤師、看護師、理学療法士、介護職員などがお互いをリスペクトしながら密接に連携をとることで医療の質がずいぶん上がるという。

 門外漢のわたしも勉強になった90分だった。(一色清)

 ◆キーワード

 <東北医科薬科大学の修学資金制度> 医学部の定員100人のうち55人が対象で、全国から志願できる。宮城県や同大学が資金を出すほか、宮城以外の東北5県の制度によって、6年間でおよそ3千万円の学費を貸与。学生は国公立大並みの学費で学べる。卒業後、東北の医療機関に8~10年間勤務すれば、貸与された全額が返還免除される。

 <東北医科薬科大学> 1939年、東北以北で唯一の薬学教育機関である東北薬学専門学校として創立。49年に東北薬科大学となった。東日本大震災後の東北の地域医療を支えようと、2015年に医学部の設置を申請、認可された。16年4月に医学部を開設し、東北医科薬科大学に改称。今年5月に創立80周年を迎えた。

 ■朝日教育会議

 14の大学・法人と朝日新聞社が協力し、様々な社会的課題について考える連続フォーラムです。「教育の力で未来を切りひらく」をテーマに、来場者や読者と課題を共有し、解決策を模索します。申し込みは特設サイト(http://manabu.asahi.com/aef2019/別ウインドウで開きます)から。各会議の日時や会場、講演者などについても特設サイトをご覧下さい。

 共催の大学・法人は次の通りです。

 神田外語大学、京都女子大学、共立女子大学、慶応義塾大学、公立大学法人大阪、成蹊大学、拓殖大学、千葉工業大学、東京工芸大学、東北医科薬科大学、東洋英和女学院大学、法政大学、明治大学、早稲田大学(50音順)

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