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 こんな小手先の対応をいつまで続けるつもりなのか。

 今月から運転免許証に結婚前の姓をカッコつきで併記できるようになった。住民票とマイナンバーカードについても、先月から同様の措置がとられた。社会生活を送るうえで旧姓を使いたい人を後押しするため、というのが政府の説明だ。

 身分の証明にはある程度役に立つかもしれない。だが各種の契約や手続きの際に旧姓使用を認めるかどうかは、企業や行政機関に委ねられる。記載されたからといって、旧姓での活動が保証されるわけではない。

 パスポートは以前から、外務省が「特に必要」と判断した場合に併記を認めてきた。これも緩和の方向で検討が進むが、夫婦同姓を義務づける国が他にないとされるなか、カッコ内の姓の意味が渡航先で理解されず、トラブルになったとの苦情がかねてある。同省は8月、英語の説明リーフレットを作ったが、要は国民に「自分で何とかせよ」と言っているだけだ。

 こうした問題を一気に解決する方策がある。パートナーと同じ姓にすることも、引き続き結婚前の姓を名乗ることも、法律で同等に認める「選択的夫婦別姓」を導入することだ。

 ところが政権は、保守的な家族観を重視する議員や支持層に配慮して同姓の強制を譲らず、しかしそれでは世の中が回らないため、旧姓使用の拡大でお茶を濁そうとしてきた。中途半端な施策の限界と弊害に、いい加減気づくべきだ。

 免許証などへの旧姓併記は、限られた利便性と引き換えに、「法律婚をしている」というプライバシーや姓をめぐる自らの信条を、不必要に人々の目にさらす危険をはらむ。人事管理のコストは官民ともに膨らみ、実際、国は住民票などのシステム改修費だけで、自治体に176億円を補助している。税金のむだ遣いというほかない。

 裁判所の責任も免れない。

 別姓を求める訴えを退ける地裁判決が秋以降、4件続いた。いずれも、夫婦同姓を定めた民法を合憲とした4年前の最高裁の判断をなぞっただけで、憲法の根幹である「個人の尊重・尊厳」にかかわるテーマだという問題意識を、判決理由から読みとることはできない。

 その司法の世界でも、法律上の裏づけがないまま、裁判官や検察官が旧姓で働けるようになった。強大な公権力の発動である逮捕や起訴、死刑を含む判決の宣告が、免許証ではカッコでくくられる存在の旧姓によって行われる。おかしな話だ。

 ひずみは限界に達しつつある。政治も司法も、その現実を直視しなければならない。

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