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 ■明治大×朝日新聞

 ロボットは、私たちの暮らしに急速に浸透している。明治大学は「人間とロボット 融合の可能性」と題して、朝日新聞社と「朝日教育会議2019」を共催。自らを「狂言サイボーグ」と表現する狂言師の野村萬斎さんを招き、能舞台の上で議論した。【東京都中央区の観世能楽堂で11月13日開催】

 ■基調講演 型をプログラミング、我々は「サイボーグ」 狂言師・野村萬斎さん

 能や狂言に携わる者は、この能舞台で人や神、動物を演じます。舞台に存在することは我々の使命であり、そのための方法論やルールとして「型」というものを使っています。小さいころから、プログラミングするように型を教え込まれた者が舞台に存在できる。そういう意味で、狂言師は「狂言サイボーグ」とも言えます。

 私は3歳で初舞台を踏みました。猿回しの猿を演じたのですが、子どもに言葉で説明しても分かりません。単純に言えば、「アメとムチ」で調教するように教えるわけです。最初は10分ほどの稽古から始まり、しだいに時間が長くなっていく。稽古の後は、おやつが待っています。子どもは味をしめて稽古に励み、師匠はどんどん厳しくなる。私の初舞台のご褒美はウルトラ怪獣の人形でした。一夜にして十数体の怪獣をもらい、狂喜乱舞したわけです。

 このように、我々は子どものころから仕込まれるわけですが、舞台に立つにも型があります。何もない舞台で観客の視線を釘付けにするには、隙なく立つことが必要です。こうして着物を着ていると全く分からないと思いますが、実際にはひざを前に折り、腰を引き、胸を張り、そしてひじを後ろに張っている。こうして平衡感覚を保ちながら立ち、それを維持しながら歩くというのが、我々のルールです。全ての体のパーツに意識を持つと、この舞台上できれいに見えるのです。

 狂言や能の特徴の一つとして、面を着けるということがあります。面を着けていると、足元が見えません。そのまま下を向くと、いかにも確かめたということが分かってしまう。

 そこで不可欠なのが、舞台を囲む4本の柱です。例えば、舞台の常座(じょうざ)に立ち、正面の目付柱に向かって進むと、途中でその柱が視界から消える。そこから何歩目までなら、舞台から落ちずに済むということが、我々は訓練で感覚的に分かるわけです。「柱が消えてから4歩」「見えてから2歩」というようにプログラミングがされている。我々は古めかしいことをやりながら、そうした「型」をデジタル的にインプットすることで舞台に存在できます。

 喜怒哀楽も型でデジタルに表現するのが、狂言の面白いところです。我々は泣いている様を、手で涙を受けるしぐさで表しますが、師匠は手の角度と位置をとてもやかましく言うわけです。確かに、手の使い方を間違えると、鼻をすすっているように見えたり、頭が痛いように見えたりしてしまう。

 狂言の笑う表現をやってみますよ。「はあ、はっ、はっ、はっ、はっ……」。横隔膜をバウンドさせながら自然に空気を入れ、循環呼吸のようにするわけです。今、笑ってみせましたが、何もおかしいことはありません。何の動機も感情も動いていないけれど、笑う型をすると、どういうわけか、少しおかしくなるというか、せいせいとすることがあります。

 多少なりとも、その場の感情の一滴を落としてみる。舞台の上で感情的な演技をするのではなく、小さな感情を型を通して表現すると、ほどよく品良く見えてきます。これこそが、狂言や能の品性にもなると思います。

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 のむら・まんさい 1966年生まれ。祖父の六世野村万蔵と父の万作に師事し、3歳で初舞台を踏む。「狂言ござる乃座」主宰。世田谷パブリックシアター芸術監督。2020年東京オリンピック・パラリンピックの開会式、閉会式で演出の総合統括を務める。

 ■プレゼンテーション 大学構内を走行、当たり前の存在に 明治大学長・土屋恵一郎さん、明治大理工学部教授・黒田洋司さん

 ロボットの研究は、どこまで進んでいるのか。明治大学の土屋恵一郎学長と黒田洋司・理工学部教授が登壇し、現状を解説した。能舞台には、黒田教授が手がけるロボットも登場した。

 明治大学は長らく、宇宙や水中など無人の空間でロボットを動かす研究に力を入れてきた。月面や火星を探査するロボットは、宇宙航空研究開発機構(JAXA)と共同研究を進め、黒田教授は小惑星探査機「はやぶさ」に搭載した小型ロボットの開発も担った。

 最近は人間のそばでロボットを動かす研究も進んでいる。この日、能舞台に上がった自律型移動ロボットもその一つ。黒田教授の研究室は普段から、このロボットを生田キャンパス(川崎市)で自動走行させる実験をしている。3次元レーザースキャナー搭載で、30分も走れば、キャンパス全域の3次元地図を描ける。

 ロボットは自分の位置を把握するため、周りの特徴的な出っ張りをスキャンし、少し動いてまたスキャン。映像のずれをもとに動いた距離を計算する。「面を着けた萬斎さんが柱の見え方で位置を確認していることと、全く同じことをしている」という。

 生田キャンパスでは、ロボットがそばを通っても、学生は「慣れっこ」だ。黒田教授は「実はこれが我々の未来。ロボットが当たり前の存在になれば、誰も気にとめなくなる」と展望。土屋学長は「ロボットが身近な存在になったときに、我々がどう対応するかが大切」と話した。

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 つちや・けいいちろう 明治大学教授、法学部長などを経て2016年から現職。30年にわたり、能楽プロデューサーとしても活動し、多くの舞台を手がけてきた。

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 くろだ・ようじ JAXA宇宙科学研究所共同研究員や「はやぶさ」プロジェクトメンバー、マサチューセッツ工科大学客員准教授を歴任。専門は自律型移動ロボット。

 ■パネルディスカッション

 人間は、進化を続けるロボットとどう向き合えばいいのか。3人が改めて登壇し、意見を交わした。(進行は井原圭子・朝日新聞社教育コーディネーター)

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 ――ロボットと言えば、私たちは鉄腕アトムのような人型を思い浮かべる。しかし、この能舞台に登場した黒田教授のロボットは、人間とは似ても似つかない形をしています。

 黒田 人型ロボットの開発は、物理的に難しいんですね。人の動きを再現するには、一つひとつの関節にざっと30個のモーターが必要です。エネルギー的に無理があるので、ほとんどの人型ロボットは約20分しか動けません。

 ――一方で、掃除用ロボットやドローンは身近になっています。

 黒田 今、世の中に出て一番成功しているのは、お掃除ロボットですね。どう見ても人の形とは似つかないが、掃除という目的に特化した形に作り込んだので、うまくいきました。

 ――ロボットが社会で身近な存在になることも融合ですが、人間と直接つながることも融合と言える。パラリンピックの選手が器具を着け、健常者より速く走り、高く跳べるようにもなりました。ロボット義足の開発も進んでいます。

 萬斎 東京パラリンピックで、開会式と閉会式を演出する総合統括の任務を頂きました。東京大会ではパラリンピックの記録が五輪の記録を抜くのでは、と言われています。競技で義足などの器具を使うことは、その人の能力を拡張しているという発想もありますね。それでは棒高跳びのように道具を使う競技も、パラスポーツと定義できるじゃないか、とも言われています。

 ――義足で世界新記録が出る日も、そう遠くないのかもしれません。

 土屋 8年ほど前、米マサチューセッツ工科大学のメディアラボを訪れました。義足開発の最先端の技術者たちと話すと、「将来的には健常なランナーより義足のランナーの方が速くなるだろう」と言っていました。当時から地道な研究がなされていることを考えれば、パラリンピックでそういう流れになるのは当然だと思います。

 ――来場者の皆様から寄せられた質問で目立ったのが、「ロボットは狂言師になれるか?」。

 萬斎 デジタルに型を教えることで狂言師ができるのなら、優秀なロボットに型をコピーし、名人たちのデータを入れればいいじゃないかと、短絡的に考えたこともあります。ただ、ロボットが着物の袖を翻すことは難しいと思います。微妙な着物の素材感を生かしながら、たもとがどう返るかを見せるのが芸だとするならば、そこはまねできない気がします。

 黒田 まさにその通りで、ロボットは布のような柔らかいものを扱うのが大の苦手なんですよ。

 萬斎 そういえば、介護や医療の世界では、ベッドを起こし、患者をベッドごと運べるロボットがありますよね。ロボットに、赤ちゃんやお年寄りを直接運ばせることはできますか。

 黒田 それは、絶対にやらせてはいけません。お年寄りを抱き起こすだけで、おそらく約100キロのパワーが必要です。ロボットが少しでも間違って動いたら、死んでしまう。危険と隣り合わせなので、最も実現から遠い分野だと考えています。ただし、介護をする人自身を助ける装着型のロボットはたくさん生まれています。健常者をサポートするという方向性ですね。

 萬斎 それは、さきほどのパラリンピックの話で言うところの「拡張する」機能ということですか。

 黒田 「助ける」というイメージですね。電動自転車は勝手に動くのではなく、ペダルを踏む力を軽減してくれますよね。そういうシステムが、実用化されています。

 ――ロボットと共存し未来を作っていくために、ロボットとどう向き合えばいいのでしょうか。

 萬斎 来年には東京パラリンピックを迎えます。共生社会をうたい、多様性を包括的に考えることは、国際社会にとって重要だと思います。狂言には、偉かろうが偉くなかろうが、皆が「このあたりのものでござる」という発想がある。そのうち、ロボットも「このあたり」に存在する多様性の一部になるのかな、と感じました。

 例えば、パラスポーツをするうえで、義足は必ずしも脚の形をしていなくてもいいんじゃないか。一緒に暮らすロボットの脚が車輪でもいいのではないか。多様性を認めるなら、人型じゃなくてもいいとも考えられます。ロボットの存在が、我々の多様性の概念を変えるきっかけになると思います。

 土屋 その視点は今の世の中にとって、とても大事ですね。人の形をしていなければ駄目だという発想があるけれど、必ずしもそうじゃない。

 萬斎 個人の幸せに沿っていれば、どんな形でも構わないんじゃないか。そんなことを夢想し始めています。そういう意味では、人型ではないロボットと一緒に狂言をし、「このあたりのものでござる」と登場してもらうことも、あり得ると思っています。

 ■失敗繰り返し学ぶ、狂言の稽古のよう 会議を終えて

 観世能楽堂の橋懸かりを滑るようにして、自律型移動ロボットが姿を現す。待ち構えていた野村萬斎さんをロボットのカメラがとらえ、その姿が舞台脇の大型スクリーンに大映しになる。狂言師とロボットの能舞台での“競演”に沸く客席。能楽プロデューサー、土屋恵一郎・明治大学長の狙いがはまった瞬間だった。

 黒田洋司教授が開発したロボットの外見は、いかにも機械らしい。ところが、慣れるとかわいいとさえ感じるから不思議だ。そういえば、あの円形の掃除ロボットだって家庭でペットのように扱われている。

 狭い視野で空間を把握し、失敗を繰り返しながら学ぶプロセスも、面を着けた狂言師の稽古と驚くほど似ていることが今回の会議で明らかになった。

 ロボットはお年寄りを抱き起こすのも洗濯物を畳むのも苦手だと、黒田教授は言う。研究するほど、人型ロボットの実用化への道は険しく、人体の底知れない能力に逆に気づかされるというのが現実のようだ。

 ロボットが人間を駆逐するのではなく、共存する未来へ。「ロボットも多様性の一部になる」。会を締めくくる萬斎さんの一言が、心に深く残った。

 (井原圭子)

 <明治大学> 1881(明治14)年、青年法律家らによって、フランス法学を教授する明治法律学校として創立された。「権利自由」「独立自治」を建学の基本理念として掲げる。東京都千代田区や中野区などの4キャンパスに、10学部、大学院16研究科を置く。これまでに50万人を超える卒業生を社会に送り出している。

 ■朝日教育会議

 14の大学・法人と朝日新聞社が協力し、様々な社会的課題について考える連続フォーラムです。「教育の力で未来を切りひらく」をテーマに、来場者や読者と課題を共有し、解決策を模索します。申し込みは特設サイト(http://manabu.asahi.com/aef2019/別ウインドウで開きます)から。各会議の日時や会場、講演者などについても特設サイトをご覧下さい。

 共催の大学・法人は次の通りです。

 神田外語大学、京都女子大学、共立女子大学、慶応義塾大学、公立大学法人大阪、成蹊大学、拓殖大学、千葉工業大学、東京工芸大学、東北医科薬科大学、東洋英和女学院大学、法政大学、明治大学、早稲田大学(50音順)

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