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 ■神田外語大×朝日新聞

 世界へ飛び出し、活躍するためには、どのような力が求められるのか。神田外語大学は朝日新聞社と朝日教育会議を共催し、多様性を理解するために必要な視点や言葉を学ぶ意義について議論した。【千葉市美浜区の同大学で、昨年12月7日開催】

 ■トークショー 目標は目の前に、追う夢は大きく レスリング金メダリスト・吉田沙保里さん

 世界大会16連覇など、数々の記録を作ってきた吉田沙保里さん。海外で活躍するために必要なことや海外遠征のエピソードについて、ジャーナリストの古田大輔さんが聞いた。

 ――世界を意識したのはいつですか。

 中学生のときです。1996年アトランタ五輪で柔道の谷亮子(旧姓・田村)選手が戦う姿に憧れ、「いつか金メダルを取りたい」という夢を持ちました。

 ――憧れを努力に移すのは難しいと思います。なぜ、努力できたのですか。

 中学生で初めて国際大会に出たのですが、日本代表として戦えることは、自分の中ですごく大きいことでした。努力すれば、また国際大会に行けると思い、頑張れるようになりました。

 ――「今日は練習したくない」と思ったことは?

 練習、大っ嫌いでした。でも、目標や夢をかなえるには練習するしかないんですね。父が指導者で、自宅に道場がありました。逃げ隠れができない状況だったこともあり、精神的に強くなったと思います。

 ――個人戦206連勝の間は、どのような精神状態だったのでしょうか。

 こんなに長く勝てるとは思っていませんでした。本当に目の前のことを一つひとつクリアしたら、たまたまこれだけの記録になっていた、という感じです。4年後はこうなっていよう、という夢はあっても、先のことはわかりません。目の前の目標を立てながら、夢を大きく持つことが大事だと思います。

 ――後輩にはどんなアドバイスをしていますか。

 私自身、ずっと勝ち続けたわけではありません。個人戦の連勝記録が続いているときも、団体戦で負けることがありました。後輩には「負けたときのほうが強くなれる」と話したこともあります。でも、結局は本人が「変わりたい」と思えるかどうか。いろんな人からいい言葉をもらっても、本人が「自分は別に」とマイナスに考え続けていると、変われません。

 ――サイン色紙に「夢追人(ゆめおいびと)」と書きますね。

 ずっと夢を追ってきたし、サインを受け取る人も夢追人であってほしいという意味をこめています。私自身、夢や目標があったから頑張れたし、成長も努力もできました。夢をなるべく早く見つけられれば、それだけ努力する時間もたっぷりできます。もちろん大人になってからも、いろんな夢を持って毎日を楽しく過ごせたらいいですね。

    *

 よしだ・さおり 1982年生まれ、三重県出身。3歳からレスリングを始め、2002年に世界選手権で初優勝。五輪と世界選手権を合わせ16連覇、個人戦で206連勝し、「霊長類最強女子」と言われた。昨年1月に引退。

 ■パネルディスカッション

 渡部カンコロンゴ清花さん 「WELgee」代表

 平塚将さん ピジョン株式会社

 宮内孝久さん 神田外語大学長

 ロバート・デシルバさん 神田外語大副学長

 古田大輔さん メディアコラボ代表

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 パネルディスカッションには4人が登壇し、多様性や言語を学ぶ意義について意見を交わした。(進行は古田大輔さん)

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 古田 渡部さんは、なぜ難民の方たちと活動を始めたのですか。

 渡部 国連開発計画(UNDP)のプロジェクトに1年間かかわり、「国家が守ってくれない国民」となった人々に出会ったことが一つのきっかけです。

 古田 モチベーションはどこから生まれましたか。

 渡部 人が人の間に明確な線を引けるわけではないと思っています。国や権力が線を引いた後には、必ずこぼれ落ちる人が出てくる。難民は、その最たるところです。そうした人たちを国家だけで支えられないのなら、どんな方法があるのかと考え、今の活動が生まれました。

 古田 平塚さんは、小さいころから夢や目標を持てなかったといいますが、どうして今の仕事を?

 平塚 読み書き中心の英語は比較的できたので、コミュニケーションとしての英語力を伸ばしたいと思い、神田外語大学に入りました。でも、夢は持てないままでした。そこで、夢を考える前に「自分はどんな人間になりたいか」を考えたら、「いい父親になりたい」というフワッとした夢が残ったんですね。だったら赤ちゃんや子どものことをよく知ろうと思うようになり、ピジョンに入りました。今は世界中の人々に当社のベビー用品を使ってもらい、赤ちゃんやその家族の暮らしをサポートしていると実感できることが、大きな喜びです。

 古田 平塚さんはアメリカにも赴任されましたね。英語は通じましたか。

 平塚 アメリカに5年半いましたが、仕事の話は単語も限られているのでわかるんです。しかし、映画や音楽、スポーツなどの雑談は単語がわからず会話のテンポも速い。雑談を純粋に楽しめるまでに3年半ほどかかりました。

 古田 デシルバ先生は日本語で苦労しましたか。

 デシルバ 私の場合は逆の経験ですね。大学時代に日本に短期留学しましたが、最初は日本語が通じませんでした。どこに行くにもノートを持ち歩き、準備と練習を欠かしませんでした。

 宮内 私は英語が苦手な商社マンでしたが、色々な国の人たちと話すのは大好きでした。文法構造が違う言語を学ぶことで、ものの考え方や見方の違いを知り、外国語がだんだん面白くなった。コミュニケーションで大事なのは、言いたいことは素直に口に出し、相手の言うことを理解しようとする寛容な姿勢。そのために必要なのが外国語の学習です。イギリス人やアメリカ人のように英語を話せるようになることは、必ずしも必要ではありません。

 古田 宮内学長は商社時代、70~80カ国訪れたそうですね。どうすれば、多様性を受け入れられますか。

 宮内 多様性は、とても響きのいい言葉ですが、「言葉は通じないし、マナーも異なる」「価値観が違う」「理解が難しい」など、実はとても面倒です。しかし、その背景や言葉の構造、意味に興味を持った途端、「違い」や「面倒」が「面白い」に変わり、好奇心が生まれます。最初は異質なものに対して抵抗感があっても、面白さを見つけて関心を持つ。「多様性と戯れる力」が必要です。

 古田 留学を考えている人は、どんな準備をしておくべきでしょうか。

 デシルバ 留学は私の人生を完全に変えました。留学先の言葉や文化を学ぶことはもちろんですが、大事なのは観察すること。よく見て、よく聞くことです。

 平塚 不安を持ちすぎないことです。いくら準備しても、留学先では予想を上回る問題、難題ばかりですから。それから、人それぞれ、自分に合った学習のスタイルや得意分野があると思うんです。僕はアメリカ人の英語や身ぶり手ぶりを、とにかくまねして覚えました。自分の中に取り入れてアウトプットする。これを毎日やりました。

 渡部 私は海外の滞在先で、自分の固定観念とのギャップを見つけることを心がけていました。見つかったギャップが大きければ大きいほど、多様な視点で人を見ることができると思います。

 宮内 「日本のことを知らないと恥をかく。日本の歴史や源氏物語を読んでから留学に行け」なんて言う人もいるでしょうが、私は「まず行ってしまえ」と言いたい。まずは行動し、人前でしゃべってみる。すると、自分の知識がいかにいい加減で、実は何もわかっていないかがわかります。頭も心も真空状態になるので、何でもすごい勢いで吸収できる。だから、若い皆さんは、どこの国でもいいから留学に行ってほしい。

 古田 今は留学支援制度や奨学金制度も充実しています。パネリストの方々は国際社会や多様性のなかで感じた「苦労」を、楽しそうに話していますよね。苦労は人生の良い思い出となり、絶対に自分の世界を広げてくれると思います。

    *

 <渡部カンコロンゴ清花さん> わたなべ・かんころんご・さやか 難民と未来をつくるNPO法人「WELgee(ウェルジー)」代表。昨年、米誌フォーブスの「アジアを代表する30歳未満の30人」社会起業家部門に選ばれた。

 <平塚将さん> ひらつか・しょう 神田外語大学卒業後、育児用品メーカーのピジョンに入社。2013年にアメリカの子会社に出向し、中南米市場の販売促進に携わる。昨年に帰国。

 <宮内孝久さん> みやうち・たかひさ 早稲田大学卒業後、三菱商事に入社し、サウジアラビアなどに駐在。同社副社長を経て、2018年から現職。

 <ロバート・デシルバさん> 米ニューヨーク出身。ジョージタウン大学で日本語を専攻。神田外語大学が開学した1987年から教壇に立つ。専門は応用言語学。

 <古田大輔さん> ふるた・だいすけ 朝日新聞で海外特派員を経験。2015年退社後、「BuzzFeed Japan」創刊編集長をへて昨年より現職。

 ■トークセッション 価値観の違い、接して実感

 トークセッションでは、神田外語大学外国語学部の在学生3人が「コミュニケーションに必要な力」をテーマに、自身の体験について語った。

 英米語学科4年の谷津佑典さんは、昨年のラグビーワールドカップ日本大会にボランティアとして携わった。試合後にコーチや選手のコメントをとり、日本語と英語で内容をまとめ、日本や海外のメディアに提供した。「聞く側にまわることで相手の気持ちがわかるようになった。コミュニケーションの奥深さも学べた」という。

 アジア言語学科2年の梶原萌音さんは、国際NGOの学生支部に所属。昨夏、カンボジアの村に家を建てる活動に参加した。不安もあったが、現地の大工の力を借りて家が完成すると、村人が涙を流しながら喜んでくれた。現地でも日本に帰ってからも、「当たり前だと思っていた家族、友人の存在や人それぞれ価値観が違うことを改めて考える機会が増えた」という。

 国際コミュニケーション学科4年の柏原輝章さんは3年次に休学し、インドで日本語教育と就労支援のインターンシップを体験した。神田外語大学では英語やマーケティング、法律を中心に勉強してきたが、海外に渡ってみて「細かい歴史や文化を理解したうえでその国に行かないと、礼儀知らずとみなされ、成功できない」と感じたという。

 ■多様性と戯れよう 会議を終えて

 「多様性と戯れる」。元商社マンの宮内孝久学長は、多様性との向き合い方について問われ、こう表現した。多様性とは実は面倒なものだが、マナーや価値観といった違いの背景に目を向ければ、面倒は面白さに変わる。だから「戯れる」気概が必要なのだと。

 海外駐在を経験した平塚将さんは、他の文化や価値観で生きる人たちに触れることで、「自分自身との会話がはかどるようになった」。自分の中にある価値観をくっきりと認識できるようになったという。

 多様性は、これまで開かれてきた朝日教育会議で、度々取り上げられたテーマの一つだ。違いを認識して終わるのではなく、相手に関心を持ち、関わろうとする。その結果、自分自身への理解も深まる。多くの登壇者たちの考えを聞くにつれ、多様性に向き合うとは、そういうことではないかと感じている。(諸星晃一)

 <神田外語大学> 1987年、千葉・幕張に開学。建学理念は「言葉は世界をつなぐ平和の礎」。英米語学科、アジア言語学科、イベロアメリカ言語学科、国際コミュニケーション学科の4学科がある。来年4月の「グローバル・リベラルアーツ学部」の新設に向けて今春に設置計画を届け出る予定(計画内容は変更の可能性がある)。

 ■朝日教育会議

 14の大学・法人と朝日新聞社が協力し、様々な社会的課題について考える連続フォーラムです。「教育の力で未来を切りひらく」をテーマに、来場者や読者と課題を共有し、解決策を模索します。これまでに開催されたフォーラムの講演者や模様を伝える記事については、特設サイト(http://manabu.asahi.com/aef2019/別ウインドウで開きます)をご覧ください。

 共催の大学・法人は次の通りです。

 神田外語大学、京都女子大学、共立女子大学、慶応義塾大学、公立大学法人大阪、成蹊大学、拓殖大学、千葉工業大学、東京工芸大学、東北医科薬科大学、東洋英和女学院大学、法政大学、明治大学、早稲田大学(50音順)

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