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 相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で入所者19人が殺害され、職員を含む26人が負傷した事件の裁判が始まった。

 被害のあまりの大きさとともに、植松聖(さとし)被告が逮捕直後から繰り返し語った「障害者は生きていても仕方ない」という言葉が、社会に衝撃をもたらした。犯行の根底にひそむものはいったい何なのか。公判を、改めて考える機会としたい。

 被告は起訴内容を認め、「深くおわびします」と述べた。だが直後に首付近を両手で押さえるような動作をして刑務官に制止され、その後の法廷は被告不在のまま進むという異例の展開となった。弁護側は、事件当時の被告は大麻や精神疾患の影響で自らを制御できなかったと主張。刑事裁判としては責任能力の有無や程度が争点となる。

 被告は勾留中にメディアの取材に積極的に応じた。自分の行動は正しかったと主張し続け、そうした考えを持つに至った経緯も一部語ってきた。

 だが、園の職員として障害者と日常的に接し、相応の知識も持っていた被告が、なぜ歪(ゆが)んだ意識を膨らませたのか。最後に凶行に走らせたものは何だったのか。生まれ育った環境と何かしらの関連はあるのか――など判然としない点も多い。今後、被害者の家族が被告に直接問いかける場面もあるようだ。わずかでも疑問の解明につながるような審理を期待したい。

 法廷では、被害者の大半を甲A、乙Bと匿名で呼ぶことが決まっている。傍聴席の一部が板で隠され、遺族らは他の傍聴者の目を避けてそこに座った。

 何の落ち度もない被害者が、偏見や差別を恐れてこうした措置を求めざるを得ない。事件を被告一人の特異さだけに押し込められない、社会の実相を映す光景と言っていいだろう。

 面会した記者に被告は「(社会の)役に立ちたかった」と犯行動機の一端を語っている。

 考え違いというほかないが、一方で、まさに役に立つか、効率がよいか、コストに見合うかといった物差しで、かけがえのない命でさえも測ろうとする風潮は、確かにある。

 不良な子孫の出生を防ぐという名分のもと、障害者や病気のある人に不妊手術を強いてきた長い歴史が省みられ、償いが始まったのは昨年のことだ。そのための法律には、共生社会の実現に向けて努力することが明記された。だが、障害者が暮らす施設をつくろうとすると、地域に反対の旗が立つ。そんな現実が依然としてある。

 一人ひとりの、そして社会の深淵(しんえん)にある差別に向きあい、問い続ける。事件が突きつけた課題は、重く、大きい。

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