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 6434人の尊い命が失われた阪神・淡路大震災は、防災・復興対策が見直され、さまざまな仕組みがつくられていく契機となった災害だった。

 自治体間の連携が進み、医師や看護師らの災害派遣医療チームが各地に生まれた。基金を設けての柔軟な被災者支援が注目を集め、兵庫発の署名運動を経て、1998年に被災者生活再建支援法ができた。

 大勢のボランティアと被災者を結ぶ手立てが考え出され、行政、NPO・NGO、経済界がともに支えた。そんな「ボランティア元年」の模索はNPO法成立を後押しした。

 ■突きつけられた課題

 一方で、「阪神」はその後の災害時にも繰り返し指摘される重い課題を突きつけた。

 犠牲者の約14%の900人余は、避難所でのインフルエンザ流行などによる「関連死」だった。ついのすみかとして用意された復興公営住宅では、震災を直接経験していない住民も含めて、孤独死が毎年数十人のペースで報告され、20年間で1100人を超えた。

 行政が「創造的復興」を掲げた市街地再整備では、再生の道を歩めない中小の事業者が相次いだ。神戸市長田区はその典型だ。店舗や工場、住宅が密集していた下町の焼け跡20ヘクタールに、ビルやマンションを40棟余り建てたが、いま商業区画はシャッターを下ろした店が目立つ。

 高齢化に核家族化、弱まる地域コミュニティー、バブル崩壊後の産業構造や消費行動の変化……。時代の波が影を落としたのは確かだが、被災者の生活再建を最優先に対策を尽くしたかが問われ続けている。

 生活の基盤が弱く、災害の影響を強く受ける人たちも尊厳をもって暮らせるよう、システムを整えなければならない。どんな支えが必要なのか、新たな試みが少しずつ始まっている。

 ■一人ひとりを支える

 2011年の東日本大震災で、仙台市は仮設住宅の入居者に「災害ケースマネジメント」と呼ばれる対応をとった。

 市役所の各課と社会福祉協議会、生活支援活動を行う地元NPOが手を組んだ。約8600世帯(14年春時点)への訪問結果を分析し、「住まい再建のメドはあるか」「心身の不調や障害、就労や就学への不安を抱えていないか」という二つの基準で4類型に分類。両方ともに問題がある約250世帯には個別に計画を立て、それぞれに必要な支援を行った。

 この手法は16年熊本地震の一部被災地でも実践された。18年には鳥取県が防災危機管理基本条例を改め、災害ケースマネジメントを盛り込んだ地震被災者への施策を進めている。

 阪神大震災の後、社会保障分野では介護保険法(97年)や障害者自立支援法(05年)、生活困窮者自立支援法(13年)ができた。通底するのは「一人ひとりに必要な支援を届ける」という思想で、災害ケースマネジメントも同様の考えに立つ。

 ふだんから医療や介護、就労支援などの施策と防災対策を一体で考える。縦割りを排して官民が協力する。そうした態勢があれば、災害に備える力と生活再建を支える力とを同時に高められるのではないか。

 住まいをめぐる政策の見直しも急務だ。避難所からまずは仮設住宅、数年後に復興公営住宅に移転してゆくのが定番だが、ここでも平時との連続性を重視したい。新たな建物をつくるのではなく、修理や再建への支援を強め、住み慣れた場所にできるだけ早く戻ってもらえるようにする。そうなれば被災者は落ち着きを取り戻し、コミュニティーがバラバラになる事態も避けやすくなるだろう。

 ■法の再編も視野に

 現在も家屋の損傷度合いに応じて、修理のための経費を「現物給付」として自治体が業者に支払う道はある。だが、戸数が多い「一部損壊」は長らく対象外とされた。金額も十分とは言い難い。昨秋の台風15号の際の苦情や不満を受けて制度が変わり、一部損壊のうち屋根瓦が壊れたケースなどにも給付が認められるようになった。さらに拡充を考えていくべきだ。

 そもそも現物給付は、物資の乏しい終戦直後の47年にできた災害救助法の原則で、時代遅れなのは明らかだ。冒頭で触れた被災者生活再建支援法で、現金給付の考えが打ち出されたが、金額はいまも1世帯あたり最大300万円にとどまる。半壊と一部損壊は対象にならない問題点も放置されたままだ。

 首都直下や南海トラフの巨大地震で多くの避難民が出たとき、つぎはぎの現行制度で対応できるだろうか。専門家の間では、おおもとである災害対策基本法(61年制定)も含め、被災者を総合的に支援できるよう、法体系を練り直すべきだとの声がある。議論を深めたい。

 生活再建。人間の復興。誰も取り残さない――。この間さまざまなスローガンが掲げられてきた。空文に終わらせぬため、立ち止まってはいられない。

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