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 ■慶応義塾大×朝日新聞

 人工知能(AI)が発達し、ビッグデータの活用が本格化している。慶応義塾大学は「歴史×ITで読み解く新時代」と題して、朝日新聞社と朝日教育会議を共催。膨大な古文書を読み解き、現代の災害対策にいかす研究を続ける歴史学者の磯田道史さんを招き、議論した。

 【東京都港区の同大学で昨年12月14日開催】

 ■基調講演 アナログの学び、災害回避に役立つ 歴史学者・磯田道史さん

 福沢諭吉先生は、実学を重視しました。学問は、実際に世の中の役に立たなければいけない。はたして、自分は慶応らしい歴史学をやっているのか。そんなことを考えていたころ、東日本大震災がありました。

 震災後、浜松市に移り住み、災害や防災の歴史を伝えようと、小・中学校で災害の歴史を話してまわりました。それまでは歴史学が直接役立つという考えがなかったので、非常に貴重な経験になりました。

 災害は最近も頻発しています。私の故郷・岡山も、2018年の西日本豪雨で大きな被害を受けました。私が生まれたころは、岡山は水害がない良いところだと散々言われていた。しかし、明治に作られた全県地図には水害に遭いやすい場所が示されています。我が磯田家にも、明治にあった大洪水のことを記した文書が残されていました。

 古文書や歴史に学ぶことはアナログですが、反復性が比較的に高い災害を避けるには大変役立ちます。最近のITによって、多くの古文書がインターネット上にあがっていて、検索すれば、過去に何が起きたかが分かる時代になりました。

 岡山を襲った最も恐ろしい災害は、約370年前の承応の大洪水です。当時の岡山藩主・池田光政は、江戸から帰る途中、大洪水を知ります。最初は岡山城の防護や侍の食糧支援のことしか考えていません。しかし、国元に帰ると、お百姓さんが餓死したら国は駄目になるとはっきり気づく。そして、「人民を救うにあり」と言って、借金をして様々な対策を始めます。

 こうしたことは、古文書でわかります。生々しい肉声が残っているので、当時の人たちが災害時にどんな気持ちでいたのかもわかる。ITが発達した現代ですが、「知識の知」だけでなく、気持ちや意志といった人間らしいものが大事になってくる。古文書からは、そうした「人文の知」を読み取れるのです。

 南海トラフの地震による巨大津波が、どこまで到達し、どの高さまで来たのか。そのことを知るうえで、私が一番感心する古文書があります。約400年前、仁科(現在の静岡県西伊豆町役場付近)という里にある神社の人が「棟札」に書き残したものです。明応7(1498)年と慶長9(1605)年の津波が、どこまで浸水したのかがわかります。

 このおかげで、明応の津波は海から2キロ内陸まで浸水し、慶長の津波や安政の津波(1854年)は明応より小さかったと考えることができる。静岡県を襲った過去の津波の高さも、だいたい想像できます。こうした情報は、例えば防潮堤の高さを決める上でも非常に重要になります。

 水害や津波は、いつ来るか分かりませんが、どこに来るかは大体分かる。ハザードマップで浸水の深さが数メートルに達するような場所は、やはり最優先で対策をうたないといけない。これは、歴史の教訓です。

 ITはますます発達し、我々は溺れたり雪に埋もれたりしたときに位置を知らせる技術を、すでに持っています。こうした技術を人命救助につなげるため、情報機器の開発や活用を目指すべきだと思います。

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 いそだ・みちふみ 1970年生まれ。国際日本文化研究センター准教授。慶応義塾大学文学部卒業。自ら収集した史料をもとに執筆した「武士の家計簿」「天災から日本史を読みなおす」など著書多数。

 ■プレゼンテーション 医療の時間、AIで増える 慶応義塾大学病院長・北川雄光さん

 私たちはサイバー空間と現実を高度に融合させた「Society(ソサエティー)5・0」を迎えようとしています。我々の病院もAIによる高度な診断や治療に取り組んでいます。内視鏡やCTから自動的に小さながんを見つける技術も開発されています。5Gで通信速度が劇的に速まれば、遠隔操作でロボット支援手術が可能になる時代が迫っています。

 一番の問題は、遺伝子情報のような患者さんの個人情報をいかに守るか。そして、個人の名前を出さず、膨大なデータを医療の発展にどう生かすかということです。

 AIにも光と影があります。間違いが起きたとき、誰が責任をとるのか。プライバシーは守られるのか。これらに対応できる法整備は十分ではありません。

 医師や看護師の業務全てをAIに置き換えるのではなく、AIでヒューマンエラーをなくし、医療者がゆとりをもって患者さんと接する本当の医療のための時間を生み出すことが、次の時代の医療の在り方だと考えています。

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 きたがわ・ゆうこう 慶応義塾大学医学部卒業。医学部教授をへて2017年から現職。専門は一般・消化器外科。日本外科学会会頭も務める。

 ■プレゼンテーション 合理的判断、倫理学が頼り 法学部教授・君嶋祐子さん

 AIと法にまつわる問題点は様々です。自分の情報がどのように集められ、どう使われているのか、不安な人も多いでしょう。AIが集めたデータ自体にバイアスがある恐れもあります。実社会にある不平等を反映したデータを使えば、AIは忠実に不平等な判断をします。

 AIが結論を出した過程が分からないときに、誰が説明責任を負うのか。軍事や市民の監視といった使用目的への不安もあります。

 既存の法制度は、技術発展や社会変化が急速なとき、こうした新しい問題に対応しきれません。多様な価値観がある中で、皆が納得して法律を作ることは難しいからです。

 法を考える上で、倫理が重要な役割を果たします。倫理学では古今東西こう考えるべきだという理論が確立されてきました。AIのような新技術についても、今ある法に照らし、合理的に判断するためには倫理学が重要です。変化の激しい時代だからこそ、人文科学や学際的な研究教育の重要性が増しているのです。

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 きみじま・ゆうこ 慶応義塾大学法学部卒業。専門は知的財産法、AIと法。弁護士として知的財産法務や国際契約交渉にも携わる。

 ■プレゼンテーション ネット文明では「善用」が鍵 環境情報学部教授・村井純さん

 文明は地球上のあちこちで生まれましたが、インターネット文明は地球上にただ一つ。それを人類が共有しています。こうした文明を、人類はかつて手にしたことがありません。実際の国際社会には文化の違いやナショナリズムの問題が存在しますが、インターネットは「人類はただ一つの地球上に生きている」という概念を導いた技術の集大成。だからインターネット文明は面白い。

 いい技術があれば、必ず悪用する人が出てきます。重要なのは「ethical use」(エシカル・ユース)。つまり「善用」ではないでしょうか。

 災害や医療のためにデータやテクノロジーを使うことが私たちの使命、役割だと思います。東日本大震災のとき、NHKの映像が動画投稿サイトで流されました。本来なら著作権法違反ですが、人の命を救う目的なのだから正しかったと評価されています。こういう非常時に私たちはどうすればいいのか、考えておくことはとても大事です。

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 むらい・じゅん 慶応義塾大学工学部卒業。国内のインターネット普及を主導し、「日本のインターネットの父」とも呼ばれる。

 ■パネルディスカッション

 磯田道史さんと3人の教授に長谷山彰・慶応義塾長も加わり、意見を交わした。(進行は竹下隆一郎・ハフポスト日本版編集長)

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 ――インターネットやデータを柔軟に使う上で、法と倫理の兼ね合いをどう考えればいいのか。

 君嶋 法律は作られたときの社会の要請にはのっとっているが、制定後に生じたことには対応できないことがある。だから、想定外の事態や非常時には、法律が作られた背景にある人間の尊厳や命の大切さなど、より大きなところから判断して動かざるを得ない。

 村井 磯田先生が基調講演で津波の歴史を話したが、そういう記録をきちんと伝承することも大切だ。

 磯田 伝承が最も功を奏するのは初等・中等教育のタイミング。まずは若い世代が知ることが大事だ。

 ――伝承には、ITをどう応用できるのか。

 村井 バーチャルリアリティー(VR)に期待している。例えば、大学のキャンパス内で災害にあったときにどう行動すればいいのか体験できるソフトが2、3年後にはできると思う。

 ――災害時の医療にはどんな課題があるのか。

 北川 夏には、東京五輪が開かれる。期間中、災害や外来感染症、テロなどが起きたらどうするのか。今、非常に真剣に議論している。緊急時に情報をどの程度正確に把握し、どの段階で決定できるのかが重要だ。VRによるシミュレーションは、一つの備えになると感じた。

 ――災害に備えるためにも、データの共有が大事になる。患者の情報の扱い方について、医学界ではどんな議論がされているのか。

 北川 基本的には患者さんのものだが、匿名化することで社会の共有財産になる。今では、ゲノム情報によって、その人がどんな疾患やがんになりやすいのか、かなり正確に予測できるようになった。だが、もし悪用されると、結婚や就職、保険の加入の障害にもなる。まさに諸刃(もろは)の剣だ。

 君嶋 日本は順法意識が高い個人や企業が多い傾向にあり、法制度があると「危なそうだからやらない」と判断しがちだ。例えば全国のがんのデータがあっても、個人情報を完璧に保護しようとすれば、予防や治療のための研究が進まなくなってしまう。

 村井 新しい技術によって未来が分からなくなる心配は確かにある。そういうときは、関係する人々が集まって理解を深め、未来をつくることが大事だ。そういう場をつくるのが大学の仕事だと思う。

 長谷山 不確実性が高い時代だからこそ、身につけた知識通りに生きるのではなく、想定外のことが起きているときに、課題の本質を見極めたうえで解決の仕方を考えられる人材を育てることが求められている。

 ――村井先生が言う「ethical use」についても議論したい。

 村井 日本は災害大国で、高齢化が進んでいる。医療と災害は、世界に先んじて取り組むべき課題だ。この二つの分野は、あらゆる面で個人情報が関係する。「ethical use」のために、質の高い社会システムやルールを作れば世界にも貢献できる。

 君嶋 災害時はツイッターなどのSNSでデマを流す人が現れる。一方で「それはデマ」と指摘する人も同時に増え、やがて収まる。誰もが情報を発信できる状態を保てば、デマやフェイクニュースはやがて淘汰(とうた)される。ある意味、情報市場では自由競争が働いており、それでは収まらない重大な事態に限り、法で規制すべきだと思う。

 磯田 倫理とは決まった道の理。現代は新技術で何が起きるか分からない。そんな時代は倫理の元になる善悪の物差し自体を問う「哲学」がむしろ大事になる。あなたは何を大事にし、何を物差しにし、その正義が成り立つ条件とは何か。最後は、それを考える哲学的思考に尽きる。これからは固定した倫理の注入より「本質を問う」哲学教育が大切だ。

 長谷山 人類は火を持つことで様々なことが大変便利になった。火は確かに危ない。だから、火を使いながら安全も守ることを一生懸命積み重ねてきた。テクノロジーと協力しながら、よりよい社会を作っていくことが歴史的に見ても正解だと思う。そのためには、自らの責任と判断で行動する人材が求められている。慶応義塾は、福沢諭吉が言う「独立自尊の人材」を育てる教育を続けていく。

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 はせやま・あきら 慶応義塾大学法学部、文学部卒業。文学部長などをへて現職。専門は法制史・日本古代史。

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 たけした・りゅういちろう 慶応義塾大学法学部卒業。朝日新聞記者などをへて現職。

 ■負に満ちた時代に 会議を終えて

 福沢諭吉が1866年に著した「西洋事情」には、地球上に林立する電柱に電線が張りめぐらされ、その上を飛脚が走るという挿絵がある。村井純教授は「これはインターネットそのもの」と言い、こう続けた。「地球社会の危機の時代に、私たちが何を考えるかということに対して、とても大切な示唆を与えてくれるんじゃないか」

 個人情報漏洩(ろうえい)、暗号資産(仮想通貨)の流出、フェイクニュース、匿名攻撃による炎上……。インターネット文明は、負の側面をさらしている。いかにその状況を乗り越え、AIの時代を迎えるか。コーディネーターの竹下隆一郎氏を含む登壇者の誰もが、ネット文明の「倫理」や「哲学」の必要性を共有していた。

 「AIでさえ立ち往生してしまうような想定外の事態に至った時に対応できる人材を育成する。それが大学の役目だ」。長谷山彰塾長の言葉に、強い決意を感じた。(市川裕一)

 <慶応義塾大学> 1858年、福沢諭吉が江戸に開いた蘭学(らんがく)塾が始まり。自他の尊厳を守り、何事も自分の判断、責任で行う「独立自尊」を基本精神とし、「実学」の重要性を説いた福沢の理念を受け継ぐ。三田や日吉、湘南藤沢など東京、神奈川に6キャンパス。昨年、多様な世代が学べる「三田オープンカレッジ」を開講した。

 ■朝日教育会議

 14の大学・法人と朝日新聞社が協力し、様々な社会的課題について考える連続フォーラムです。「教育の力で未来を切りひらく」をテーマに、来場者や読者と課題を共有し、解決策を模索します。これまでに開催されたフォーラムの詳しい情報や内容をまとめた記事については、特設サイト(http://manabu.asahi.com/aef2019/別ウインドウで開きます)をご覧下さい。

 共催の大学・法人は次の通りです。

 神田外語大学、京都女子大学、共立女子大学、慶応義塾大学、公立大学法人大阪、成蹊大学、拓殖大学、千葉工業大学、東京工芸大学、東北医科薬科大学、東洋英和女学院大学、法政大学、明治大学、早稲田大学(50音順)

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