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 ラグビー・トップリーグが開幕した今月12日、東京・秩父宮ラグビー場には「リーチ!」のかけ声が幾度となく響いた。代表チーム主将を務めたリーチ・マイケル選手への、すっかりおなじみとなった声援だ。

 その1週間後、同じ秩父宮ラグビー場で、W杯日本代表として最多出場記録を更新したトンプソン・ルーク選手の現役最後の試合があった。下位リーグとしては異例の1万4千人を超す観客が名残を惜しんだ。

 昨年のW杯。外国出身者がほぼ半数を占めるチームに違和感を抱いた人も、試合を重ねるに従い、彼らが日本を代表することに疑問を持たなくなり、空前のラグビーブームを呼んだ。

 多彩な出自の、能力も持ち味もさまざまな人々が協働し、可能性に挑む。その魅力に気づかせてくれた大会だった。天皇の代替わりがあった年に、そんなことが起きた。この事実を心に留めておきたい。

 ■単一民族の幻を超え

 天皇制とは血統に基づく権威の継承制度だ。明治期に確立した万世一系の考えは、民族の特殊性や優秀性を唱える思想と結びつき、侵略戦争の支柱となった。戦後も、先日の麻生副総理の発言が示すように、単一民族意識は抜きがたく残り、その中心に天皇を置く人もいる。

 だが北海道にはアイヌ民族が住み、大陸や南の島々からも含め、多くの人、技術、文化、制度が流入して形づくられたのが日本だ。新元号の典拠とされる万葉集もその産物の一つだ。上皇さまは天皇在位中、桓武天皇の生母は百済からの渡来人の子孫であることに何度か言及し、朝鮮半島との長い交流の重みを人々に思い起こさせた。

 ただ一つの民族によって構成された均質な日本など、もとから存在しない幻想なのだ。

 そしていま、人の動きはますます活発になっている。

 在留外国人の数は昨年6月末の時点で約283万人。前年末からの半年間で約10万人増えた。一方で、国内で生まれた日本人の赤ちゃんは、昨年ついに90万人を割り込んだ。単純計算すれば、この列島で昨年新たに生活を始めた人の2割近くは外国人だという話になる。

 いやもおうもない。これが現実の姿である。

 ■許されぬ身勝手政策

 「様々な人間が切磋琢磨(せっさたくま)することで新しい価値を創造する」「日本人は、『多様な民族との共生社会』を実現する潜在能力を持っている」――。

 自民党の外国人材交流推進議連が08年に出した「人材開国!日本型移民政策の提言」にある言葉だ。そのうえで議連は「50年間で1千万人規模の移民受け入れ」を提唱した。

 だが同じ自民党でも、安倍政権のスタンスはこれとは異なる。首相は「いわゆる移民政策はとらない」と繰り返し表明したうえで、18年末に改正出入国管理法を強引に成立させた。

 透けて見えるのは、人手不足に悩む経済界の要望に沿って外国人労働者にとりあえず門戸を開くが、用が済んだら速やかに母国に帰ってもらおうという、身勝手な考えである。

 だから、新たに設けた在留資格を取得する者に家族の帯同を許さず、日本語習得の支援や社会保障制度など迎え入れる態勢の不備を指摘されても、真摯(しんし)に向き合おうとしなかった。

 町なかのコンビニ、飲食店、建設現場、工場などで、外国人が働く姿は当たり前になっている。受け入れの是非を議論する段階は過ぎた。移民と呼ぶかどうかはともかく、その存在を前提に、共に社会をつくっていく意識を共有し、必要な仕組みをすみやかに整備・充実させていかなければならない。

 ■W杯経験どういかす

 もちろん簡単な道のりではない。日本と同じように「移民国ではない」としていたドイツもスペインも、21世紀に入る前後に方針を転換した。その後どちらの国も、共生と統合に向けて施策に骨を折り、試行錯誤を続けている。この先もあつれきや曲折はあるだろうが、もはや以前の姿に立ち返ることはできない。それは日本も同じだ。

 外国出身者がラグビー日本代表として活躍できた背景には、一定期間その土地に住めば、誰でも代表になれるという、この競技特有のルールがあった。

 ルーツは違っても同じスタートラインに立ち、互いに敬意を払い、同じ条件で競う。かつて世界中に植民地をもっていた英国発祥のスポーツならではの決まりだが、そのおかげで日本社会は昨年、得がたい体験をすることができた。

 この体験をいかせるか、どういかすかが、今後試される。

 異なる経歴や意見を尊重し、ぶつけ合い、合意を探り、結果を受け入れる。多くの努力が必要だが、だからこそその営みは組織を活性化させ、強くする。企業にも国にも通じる話だ。

 少子高齢化で縮こまりがちな世の中に、元気を取り戻すヒントと覚悟を、桜のジャージーは教えてくれた。そう思う。

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