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 沖縄の首里城が焼け落ちて間もなく3カ月になる。再建に向けた動きが進むが、建物をただ造り直すのではなく、事業を琉球王国の文化・伝統の新たな発見と発信につなげたい。

 城跡は国営公園になっており、政府は今年度中の工程表の策定をめざす。国が財政支出をはじめ様々な役割を果たすのは当然だが、全体を主導し担い手となるのは、沖縄県であり沖縄県民であるべきだ。辺野古問題などをめぐって県との対立が続くなか、国は首里城再建を政治的な駆け引きの道具に使うようなことがないよう、誠実な伴走者に徹してほしい。

 首里城は沖縄戦で焼失し、本土復帰20周年記念事業として92年に復元された。その作業は精緻(せいち)な考証を重ねて進んだ。

 県内の資料の多くは戦争で散逸したが、東京にあった琉球王家の文書、戦前の研究者が残したメモや写真などを検討して、琉球王国時代の姿の再現をめざした。中国皇帝から贈られた額の復元のため、当時の皇帝の筆跡を調べることも。再建成った後は、かつての儀式や舞踊、音楽を披露する場ともなった。

 地元特有の赤瓦を使った公共施設が増えたのもこれ以降だ。沖縄のアイデンティティーや誇りを示すよりどころであり、年間280万人が訪れる観光の拠点、それが首里城だった。

 その後も、琉球王国当時の統治形態や儀式のありよう、アジアの各地域との関係の解明が進んだ。新たに見つかった資料から、今回の再建にあたっては正殿の内装などに修正すべき点も出てきたという。眠っている文献や資料が国内外にまだあるかもしれない。地元の大学や研究機関が中心となって、最新の知見を集約・共有する仕組みを検討してはどうか。

 この間(かん)、課題として指摘されているのは、木材、漆などの資材の調達、そして宮大工や工芸家の確保だ。生活様式の変化や元となる土の入手難などから、良質な赤瓦をそろえるのは難しくなっている。一方でそれを補うべく、土の成分と焼く温度によって、仕上がりの色合いはどう変わるかといった研究が進む。伝統の腕と最新の技術を融合して、「巨大な琉球漆器」とも評された城の復活に取り組んでもらいたい。

 前回の復元事業との大きな違いは、沖縄にとどまらず、国内外に再建を期待する声が広がっていることだ。アジアとの交易で栄え、本土と異なる道を歩んだ沖縄の歴史に人びとが目を向け、知識を深めれば、この国の成り立ちをまた違った視点から見ることができるだろう。

 首里城の再建は、「日本」をとらえ直すきっかけでもある。

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