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 安倍首相の居丈高な反論やヤジ、しどろもどろの閣僚答弁……。建設的な議論を通じて、よりよい結論を導きだす。そんな「言論の府」のあるべき姿からほど遠い光景が続いていることに暗然とする。

 内外の諸情勢などをテーマに、衆院予算委員会の集中審議がきのう開かれた。首相が出席する衆参の予算委は今国会で9日目となる。論戦から逃げ回っていた昨年の臨時国会とは大違いだが、立法府をないがしろにする姿勢は変わっていない。

 それを如実に示したのが、立憲民主党の辻元清美衆院議員に対し、首相が自席から放った「意味のない質問だ」というヤジだ。辻元氏は質問の最後に、「桜を見る会」や森友・加計問題への官僚の対応を取り上げ、「鯛(たい)は頭から腐る。上層部が腐敗すると残りも腐る」などと締めくくった。首相のヤジはその直後に飛び出した。

 ヤジを認めた首相は、反論の機会もなく「罵詈雑言(ばりぞうごん)」を浴びたので「こんなやりとりじゃ無意味」「当然そう思う」と悪びれた様子もなかった。批判を受け止める懐の深さや、説得力のある言葉と論理で対抗しようという冷静さは感じられない。

 そもそも、桜を見る会をめぐる一連の疑惑について、首相はこれまで、野党の質問に正面から答えておらず、こじつけやはぐらかしが際立っている。

 きのうは、野党議員の質問を根拠がないとウソ呼ばわりした先週の答弁について、すでに発言は撤回しており、謝罪の必要はないと拒否した際、「非生産的な、政策とは無縁のやり取りを長々と続ける気持ちは全くない」と付け加えた。

 しかし、この問題に区切りがつかないのは、首相が自らの主張を裏付ける資料を示さず、廃棄したとされる招待者名簿などの再調査を拒んでいることに原因がある。新型肺炎が拡大するなか、野党は疑惑追及一辺倒だと世論に印象づけるねらいがあるとすれば、姑息(こそく)である。

 政府が国会への説明責任を軽んじ、論戦が深まらないというのに、仕切り役の棚橋泰文衆院予算委員長が職責を果たしていないのも問題だ。

 質問者が首相の答弁を求めているのに他の閣僚を指名するなど、これまでも政府よりの采配が目立ったが、きのうは辻元氏への首相のヤジに野党が反発して騒然となるなか、強引に議事を進めようとした。

 首相への批判を根拠も示さず「無意味」と決めつけたヤジは、行政監視を担う立法府への冒涜(ぼうとく)でもある。棚橋氏は自民党所属の衆院議員であるが、言論の府にふさわしい論戦を実現する責任に与党も野党もない。