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 相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で起きた殺傷事件で、横浜地裁は殺人などの罪に問われた元職員の植松聖(さとし)被告に死刑を言い渡した。

 刑事裁判としての争点は、被告の責任能力の有無と程度、長期常用していたとされる大麻の影響だった。これについて判決は、確たる動機にもとづいて計画的に犯行に及んでおり、完全な責任能力があったと述べ、弁護側の主張を退けた。

 なぜ19人もの障害者が命を絶たれ、職員を含む26人が重軽傷を負わねばならなかったのか。

 事件の規模や残虐性とあわせて社会が衝撃を受けたのは、被告の「障害者は不幸をつくる」という言葉だった。このゆがんだ認識が生まれ、ふくらんでいった原因や背景が、裁判を通じて、その一端でも浮かぶことが期待された。

 しかし、それはかなわなかった。子ども時代に障害児の親が疲れきって見えたこと。施設で働くなかで偏見が強まっていったこと。被告はそんな話を口にはしたが、被害者の家族の真摯(しんし)な問いかけに向き合い、応じることは、ついになかった。

 比較にならない強さで響いたのは、最愛の家族を失い、傷つけられた人たちの言葉だった。

 「美帆」という19歳で亡くなった娘の名を明かして臨んだ母親は「私は娘がいてとても幸せでした」と話し、当時55歳だった男性の妹は「家族の誕生日にはカレンダーの日付を指さし、おめでとうという気持ちを表現してくれた」と語った。

 言語は不自由でも意思疎通はしっかり図れていたと、多くの人が捜査・公判を通じて明らかにし、日常のさりげないやり取りや、旅行したときの思い出をふり返った。首などを刺され、けがをした男性の母親は「子どもの存在は、私を含め周囲の人を人間的に成長させてくれる」と述べ、被告の障害者像を真っ向から否定した。

 こうした訴えは、被告にとどまらず、社会全体に向けて発せられたと見るべきだろう。

 誰にもかけがえのない生があり、家族との幸せがある。頭で理解していても、障害者を差別し、過酷な境遇に置いてきた歴史が厳として存在し、その延長線上に事件が位置づけられると感じた人は少なくないはずだ。

 43歳の息子を殺害された母親は法廷で、「高齢になれば認知機能が衰え、会話が難しくなるかもしれない。事故や病気で、誰だって障害者になるかもしれないのです」と述べた。

 障害者と健常者とを隔てる線をなくし、誰もが個人として尊重される社会をどうつくるか。ボールは、いまに生きる一人ひとりの手の内にある。

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