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 切り立った断崖に日本海の荒波が打ち寄せる京都府北部の丹後半島。北朝鮮のミサイルを探知するため、米陸軍が早期警戒レーダーを配備して6年目に入った。

 通称「Xバンドレーダー」。京都市内から車で約3時間の京丹後市にできた経ケ岬(きょうがみさき)通信所は、青森県の車力(しゃりき)通信所とともに、米本土へのミサイルの脅威に対処する枢要な施設と位置づけられている。

 近畿で唯一の米軍基地は、この間、過疎と高齢化が進む地域社会を揺るがし、様々な変化をもたらしてきた。

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 絹織物の丹後ちりめんで知られる同市が突然、候補地に挙がったのは2013年2月。北朝鮮の3度目の核実験直後のことだ。

 日米首脳会談が開かれ、両国は日本で2基目のレーダー配備に合意。その4日後に防衛省の事務次官が受け入れ要請に駆けつけた。

 「自治の根本にかかわる話なので、絶対に妥協してはいけない」

 保守系前市長の中山泰(やすし)(60)は当時の思いをこうふり返る。

 わずか10分の面談だったが、「十分(不安が)払拭(ふっしょく)されない中では、到底わかりましたと言えない」と突っぱねた。旧沖縄開発庁の幹部として4年半、基地行政を担った経験を持つ。その一方で、レーダーを「防犯カメラ」にたとえ「日本の守りに貢献できれば誇らしい」と語る中山。応分の負担は必要と考えていた。

 同時に、「振興策との引き換えは後世に禍根を残す」とのこだわりもあった。住民説明会などでは「見返り」には触れず、住民の不安解消を最優先に「安心安全の確保」をひたすら強調した。

 同年9月、中山は防衛省に安全確保の10項目の条件を提示。防衛相の小野寺五典(いつのり)から「政府一体で万全に対応する」との回答をとりつけ、「苦渋の決断」で受け入れを決めた。海辺の農地は、突貫工事で有刺鉄線が囲む米軍基地に変貌(へんぼう)。約160人の米軍関係者が市内に転入し、日米合意から2年弱の14年末に稼働した。

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 それとともにトラブルが起き始めた。まず住民たちが直面したのが騒音と交通事故だった。

 基地の電力供給のため昼夜動く12機のディーゼル発電機は「まるで漁船のエンジン音を間近で聞くような爆音」をまき散らした。

 「こんなことでは、我々はここには住めん!」

 通信所から500メートルほど離れた70世帯の袖志(そでし)地区。基地を容認した元区長の大下教夫(のりお)(70)でさえ畑仕事のさなかに我慢できず、長靴を履いたまま防衛省の出先事務所に怒鳴り込んだことがある。

 発電機から商用電力に切り替え問題は沈静化したが、米軍関係者の交通事故は今も悩みのタネだ。

 市内には細い山道が多く、米兵の慣れない運転により脱輪や自損事故が頻発。軽微な人身事故を含め3月末までに76件が報告されている。18年にはドクターヘリが救急患者を運ぶ際、米軍と地元消防の意思疎通が滞り、ヘリが横切る空域のレーダー波を停止できず救急搬送が17分遅れたこともある。

 袖志など14の集落からなる宇川連合区長の小倉伸(しん)(67)は言う。

 「米軍基地がある限り課題は尽きない。私たちは常に安心安全に注意を払い、しっかり対策を取り続ける宿命を負ったことになる」

 =敬称略(谷田邦一)

 <訂正して、おわびします>

 ▼4月27日付NEWS+α面「現場へ!米本土防衛の最前線・京都(1)」の記事と写真説明で、中山泰氏の肩書が京丹後市の「市長」とあるのは「前市長」の誤りでした。また同月30日付の「(3)」の記事と写真説明で、三崎政直氏の肩書を「前市長」としたのは「市長」の誤りでした。同月26日の市長選で中山前市長が三崎市長らを破り当選しましたが、三崎氏の任期満了は5月15日でした。確認が不十分でした。

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