[PR]

 失われた日常を取り戻すための大きな一歩である。とはいえ、このやっかいな新型コロナウイルスが消え去ったわけではない。政府、自治体、医療機関とも、この間の対応から教訓をくみとり、第2波、第3波に備えねばならない。

 安倍首相がきのう、首都圏と北海道の緊急事態宣言を解き、約1カ月半ぶりの全面解除となった。首相は記者会見で、引き続き人と人との距離を保つなど、「新しい生活様式」に向けた国民の協力を呼びかけた。

 ■日本型の効果検証を

 諸外国のロックダウン(都市封鎖)と異なり、日本の外出や営業の自粛要請に罰則を伴う強制力はない。国民一人ひとりの自発的な協力に負うこのやり方で、日本はひとまず、感染爆発を避けることができた。確認された死者も約800人と、数万人の欧米各国に比べ大幅に少ない。首相は「日本モデルの力を示した」と胸をはったが、その効果と課題については、しっかりした検証が必要だろう。

 また、諸外国に比べPCR検査の実施件数が少ないため、見逃されている感染者が大勢いるのではないかとの懸念はぬぐえない。今月末まで宣言を延長しながら、期限を待たずに順次、解除を進めた政府の前のめりな姿勢も不安材料である。医療体制などを含めた総合判断とはいえ、目安とした数値を超える地域の解除は、政治の恣意(しい)を許す余地を残しかねない。

 直視すべき課題は山積みである。検査で陽性と出ても入院先が見つからず、自宅待機中に急変して亡くなった事例も報告された。救急現場では患者の搬送先が見つからず、「たらい回し」のようなこともあった。発熱や呼吸困難があっても受診先が見つからない。それ以前に相談窓口の電話がつながらない、という事態も生じた。

 再流行に備え、まず急ぐべきは、感染の疑いがあれば速やかに診察や検査を受けられる態勢を整えることだ。秋以降は、症状が似ているインフルエンザの流行も想定される。より多くの患者に迅速に対処しなければならない。院内感染や高齢者施設での集団感染を効果的に防ぐ方策も検討が必要だ。

 ■国民との「目詰まり」

 感染拡大が止まったにもかかわらず、安倍政権への国民の視線は厳しい。朝日新聞の先週末の世論調査では、政府の対応を評価しないが57%で、評価するの倍近かった。首相への信頼感が高くなったは5%で、低くなったが半数近い48%だった。

 未知のウイルスへの対応に試行錯誤はやむをえないとはいえ、場当たり的で無定見にも見える政治判断に対する不満が背景にあるのではないか。

 首相肝いりで全世帯に配るとした布マスクは一部で不良品が見つかり、回収作業に追われているうちに、先に店頭にマスクが並ぶ事態となった。いったん「減収世帯へ30万円」と決めた現金給付は「一律1人10万円」に転換。窓口の市区町村で混乱が相次ぎ、多くの人の手にまだ行き渡っていない。

 国民の心に響く首相の発信も乏しかった。国会への報告は最初の宣言時こそ、自ら行ったが、その後は担当大臣任せ。記者会見では準備した原稿を読み上げる場面が多く、「肉声」はほとんど聞かれなかった。

 一方で、検察の独立を危うくする検察庁法改正を押し通そうとするなど、コロナ禍で国民の求めているものが見えていなかったのではないか。PCR検査が増えない理由を、首相は「目詰まり」と説明したが、国民との間にも深刻な目詰まりがあると言うほかない。 

 ■重み増す政治の判断

 宣言前、首相が唐突に打ち出したイベント自粛や全国一斉の休校要請は、いずれも専門家に諮ったものではなかった。ところが、宣言後の対応では、その根拠を専門家の判断とし、責任を丸投げするかのような説明が目立つ。

 さまざまな分野の専門家の意見を総合して決断をくだす。その理由を国民に丁寧に説明する。そして結果責任を引き受ける。その政治の役割から腰が引けているようにみえる。

 宣言解除後の最大の課題となる感染防止と経済回復の両立では、専門知を糾合する政治の力量がより厳しく問われることを、首相は肝に銘じるべきだ。

 政府のつくる基本的対処方針に基づき、知事が休業や外出自粛を要請する仕組みについては、知事側から責任の所在が不明確との指摘が出ている。この機会に、国と地方の役割分担を整理しておく必要もあろう。

 通常国会は残り3週間余りとなったが、政権は会期の延長はしない方針だ。東日本大震災が発生した11年は、大幅延長を経て、事実上の通年国会となった。会期延長の障害と考えられていた東京五輪・パラリンピックは延期されている。不測の事態に備えるとともに、政府のコロナ対策を厳しく点検する場として、国会は当面、開き続けるべきである。

こんなニュースも