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 視覚障害マラソンの道下美里(三井住友海上)は今年2月2日、別府大分マラソンで自身が持つ世界記録を1分52秒更新し、2時間54分22秒の新記録を打ち立てた。レース後、笑顔で語った。

 「私は1人で走っていない。周りの仲間、一緒に走ってくれる人たちがいる。みんなの思いが結集しないと結果につながらないんです」

 手にしたロープでつながる伴走者とともに走る。右目は全く見えず、左目も光を感じ取れる程度の視力しかない。道の起伏や周囲の選手の位置などはわからない。絶えず発せられる伴走者の声が、道下の目の代わりとなる。

 別府大分マラソンでは関東に暮らす2人が約20キロずつ交代で伴走した。ただ、道下が暮らすのは福岡。日ごろの練習は、他のランナーたちが支えている。

 歯科医の市民ランナー、樋口敬洋(44)が伴走を始めたのは8年前。ランニング仲間から道下を紹介された。70キロのレースに出場したいが、伴走者が見つからないと困っていた。「その大会なら出場したことがあるから、僕がやりましょう」と買って出た。

 週1、2回のペースで続けている伴走は、「すごく集中力がいる」という。周囲に気を使うだけでなく、ロープでつながる腕の振りが逆方向になるとけがにつながる。身長は144センチの道下より約30センチ高く、歩幅は大きいのに、腕の振りは小刻みな道下に合わせることが求められる。「自分の走り以外に気を向けられなくなるとリズムが合わなくなる。体だけじゃなくて頭も疲れます」

 1人で走った自己ベストは2時間54分58秒で「彼女より遅いんですよ。しんどいんです、実は」と笑う。「でも、彼女も43歳で、僕と一つしか変わらない。なのに記録を更新しているんで、僕だって(自己ベストを)出したい。だって、悔しいじゃないですか」。道下に負けないように、自己ベスト更新も目指して走っている。

 道下と同じ三井住友海上の社員河口恵(24)も、練習パートナーの一人だ。もとは同社の実業団ランナーだった。

 2016年に競技から退き、今は週に3回ほど練習をともにする。伴走を始めるにあたり、道下の視野を体感できるアイマスクをして走ってみた。左目でぼやっと何かがあることは感じる。伴走者が無言だとそれが何なのかわからず怖かった。「1人だと無心で走っているけど、伴走は違う。1人なら気にならないことも意識的に声を出して、『大丈夫だよ』と伝えることを心がけています」

 実業団時代は結果を求めて自分を精神的に追い込んでしまうこともあった。伴走をして走る楽しさを再確認した。「チームでいいところを伸ばし合う感じ。達成感も何倍にもなります」

 ほかにも「チーム道下」では公務員などの市民ランナーが練習を支える。新型コロナウイルスの影響で練習は約2カ月間できなくなり、東京パラリンピックの延期も決まった。そんな状況下でも、河口は「準備期間ができたと、みんな前向きです」という。来年のひのき舞台へ、またともに走っていく。=敬称略、おわり

 (菅沼遼)

 <訂正して、おわびします>

 27日付「五輪をめぐる パラアスリートとともに<5>」の記事で、道下美里選手が世界記録を更新した別府大分マラソンの日付が「昨年2月2日」とあるのは、今年の2月2日の誤りでした。

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