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 原爆投下から75年が過ぎ、被爆者の高齢化は著しい。救済を急ぐには区域に基づく被爆認定に固執するべきではない。

 広島に降った「黒い雨」を国の援護区域外で浴びた住民らを被爆者と認め、被爆者手帳の交付を命じた先月の広島地裁判決を不服として、国と、交付業務を受託する広島県・市が控訴した。同時に、援護区域の拡大を視野に検証作業に着手すると加藤厚生労働相が表明した。

 地裁の判決は、地理的な線引きによるこれまでの限定的な認定を批判。住民らの個々の体験と病状を重視し、放射性物質を水や食べ物から体内に取り込む内部被曝(ひばく)の影響も考慮して広く被爆者とした。原告をはじめ広島県・市も控訴しないことを国に求めていた。

 しかし政府は、過去の最高裁の判断にも触れながら、科学的知見を重視する従来の立場と相いれない判決だと主張。政府と協議した広島県・市も、区域拡大の検討を条件に、控訴との判断を受け入れる形となった。

 加藤厚労相は「蓄積されてきたデータを最大限活用し、最新の科学的技術を用いて、スピード感をもって検証作業をしていく」と強調した。その実行が問われるが、実際に救済へとつながるのか、心もとない。

 広島で黒い雨の降雨域が定められ、「大雨地域」にいた人が援護の対象とされたのは1976年。それ以来、区域は一度も見直されていない。

 線引きは被爆直後の限定的な調査で行われたにもかかわらず、政府の諮問機関が「被爆地域の指定は科学的・合理的な根拠のある場合に限定して行うべきだ」とした意見書が壁となってきた。2008年に広島県・市が降雨域は従来の約6倍とする調査を示したものの、政府の姿勢はかたくななままだった。

 今回の裁判の原告以外にも、黒い雨を経験しながら援護の外に置かれてきた人が、広島市によると数千人規模でいるという。実態を調べることが急務だが、時間を浪費することなく区域は広がるのか。拡大されても対象外とされる人が残るのではないか。懸念は尽きない。

 機械的な線引きに苦しむ人たちは長崎にも少なくなく、被爆地域外の「被爆体験者」が裁判で認定を求めてきた。16年の長崎地裁判決は、区域にこだわらず推定被曝線量に基づき一部の原告を被爆者と認めたが、二審で逆転敗訴し最高裁も認めなかった。

 被爆者の要件の一つとして、被爆者援護法は「身体に原爆放射能の影響を受ける事情にあった人」と定める。区域基準にしばられず、この趣旨に則して幅広い救済につなげるべきだ。