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 社会が抱える問題にひるまず立ち向かう姿勢と、重圧に屈しないアスリートとしての成長。その双方を示した偉業だ。

 女子テニスの大坂なおみ選手が、全米オープンで2度目の優勝を果たした。

 米国で構造的な人種差別に抗議する「ブラック・ライブズ・マター(黒人の命も大切だ)」運動が続くなか、大坂選手は犠牲者たちに静かに寄り添いながらゲームに臨んだ。

 決勝まで7試合。警官による暴力で亡くなった7人の氏名を書いた7枚のマスクを用意し、勝ち上がるごとに披露していった。「私は人々に気づきを広げるために、メッセージを運ぶ器みたいなもの」と語った。

 同様の動きは他の米スポーツ界でも見られる。プロバスケットボールや大リーグでは試合のボイコットがあった。選手として何より大切な、試合に出て結果を出すことと引き換えにしてでも、訴えねばならない事態がいま起きている。そんな切迫感の発露と見るべきだろう。

 大坂選手も8月、今回の前哨戦となる大会で、直前に起きた黒人男性銃撃事件に抗議して、棄権を一時表明した。「私はアスリートである前に一人の黒人の女性。テニスを見てもらうよりも大切な問題がある」と理由を説明していた。

 背景にある米国社会の分断は深刻だ。抗議活動が先鋭化し、警察や白人至上主義者との衝突に発展した例もある。だが街頭に出ている圧倒的多数は平和的な手段を用い、周囲にもそうするよう呼びかけてきた。

 人々を動かしているのは、黒人であるというだけの理由で警官が暴力をふるう事件が相次ぐ現実を、黙って見ているわけにはいかないという思いだ。それがうねりとなり、人種や世代を超えて広がっている。「スポーツ選手はただプレーしていればいい」といった一部の反応は、この本質をみていない。

 問われているのは人権の問題だ。まさに一人の人間として、アスリートが不正義に声をあげる行為を、封じることはできないし、封じるべきではない。

 「あなたがどんなメッセージを受け取ったのか。それの方が大事です」。優勝後に7枚のマスクに込めたメッセージを問われた大坂選手は、インタビュアーにそう返した。別の機会に、均質的な日本社会で、人種差別問題を訴え理解を得ることの大変さにも言及している。

 私たちが住む日本にも様々な場面で差別は厳としてある。無自覚のうちに手を貸していないか。異議申し立てを抑圧する側に回ってはいないか。大坂選手が提起した問題を受け止め、足元を見つめ直す契機としたい。