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 来月、ノーベル賞の発表があるが、「いずれ受賞することは間違いない」と言われる技術がある。生命の設計図を操るゲノム編集だ。その最新版は、品種改良や病気の治療などへの応用も期待される。従来技術とはどこが違うのか。

 今年2月、横浜港。大型クルーズ船、ダイヤモンド・プリンセス号で新型コロナウイルスの集団感染が起きていた。国は乗船者全員にPCR検査を進めていたが、検査には時間もかかり、多くの人が長期間船内で過ごさざるを得なかった。

 「ゲノム編集を使えば船の中でも検査できる」。東京大医科学研究所の真下知士(ましもともじ)教授はこう思った。真下さんらが開発した「CRISPR(クリスパー)/Cas(キャス)3」というゲノム編集技術を検査にも応用できないかと考えた。

 ゲノム編集は、DNAの狙った部分をピンポイントで変えられる技術だ。DNAを切る「はさみ」と、このはさみを狙った場所に案内する「ガイド」をセットで使う。ガイドが、新型コロナ特有の塩基配列を見つけるようにしておけば、検査ツールに応用できるという発想だ。

 新たな検査法で実験すると、31検体で9割以上の精度で判定できた。真下さんは「空港や屋外など、水際対策の現場で使えるようにしたい」と話す。

 PCR検査で必要な高額な機器などが不要で約40分で結果が出る。実用化を目指し、コミックの名探偵にちなんで「CONAN(コナン)法」と名付けた。

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 多くの研究者が「ノーベル賞有力」と言っているのは、真下さんらの方法とは少し違う「CRISPR/Cas9」と呼ばれる技術だ。

 2012年に米カリフォルニア大のジェニファー・ダウドナさんとスウェーデン・ウメオ大のエマニュエル・シャルパンティエさんが発表した。その後、米ブロード研究所のフェン・ジャンさんが実際にマウスやヒトの細胞で使えることを示した。

 この画期的な技術は、いくつものノーベル賞受賞研究の蓄積の延長線上にある。

 DNA構造の発見や、進化の原動力とされる「動く遺伝子」トランスポゾンの発見、新型コロナの検査でおなじみのDNAを増やすPCR法の発明、特定の遺伝子の働きを失わせたノックアウトマウスの作製など。いずれも応用が広い。

 なかでも関係が深いのは、DNAを切る制限酵素の発見だろう。もともとは細菌がウイルスから身を守るために持っているはさみで、ウイルスのDNAを切って殺す。ただ、好きなところを切ることはできない。

 これを応用したのがゲノム編集だ。ただ、1996年に登場したZFNや2010年に登場したTALEN(ターレン)といった古いゲノム編集は、狙った場所を編集するのに、はさみを作り直す手間がかかる。

 この問題を解決し、簡単に使えるようにしたのが「CRISPR/Cas9」だ。

 この技術では、塩基配列の認識をガイド役分子に任せる。この分子を改造することは簡単で、はさみをくっつければいい。それがCas9やCas3だ。切れたDNAは修復されるが、その際に塩基が抜けて配列がかわる。

 この技術の源流には日本人がいる。九州大の石野良純教授だ。1980年代後半、大腸菌のDNAに「トマト」「しんぶんし」のような回文構造の繰り返しを見つけた。

 「きれいに並んでいるのは偶然ではないはず。何か意味があるのでは」と感じ、論文に記した。その後、同様の配列が多くの細菌にあり、やはりウイルスを殺す「免疫機構」であることがわかった。CRISPRはこの特殊な配列の英語の略だ。

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 ガイド分子にCRISPRを認識させ、Casが切る。

 応用も視野に入っており、血圧の上昇を抑える成分を多く含むトマトや肉厚のマダイなどの開発や、一つの遺伝子が原因の生まれつきの難病を防ぐ研究がある。受精卵の段階でゲノムを編集し、その遺伝子の働きを失わせる。

 日本科学未来館の小林望・科学コミュニケーターは「遺伝子が発見されて以降、遺伝子を自分たちで変えられないかという流れがあった。多くの研究者が望んでいた技術だ」という。

 だが、狙った場所ではないところが編集されるおそれがある。狙い通りに編集できたとしても、予期していないことが起きるかもしれない。

 人が受精卵を操作することは倫理的に許されるのか。そもそも、遺伝病は予防しないといけないものなのか。

 技術が進むなか私たちはこうした問いに向き合っている。(戸田政考)

 <世界で争う特許の行方> CRISPR/Cas9をめぐっては特許の問題も未解決だ。主に、ブロード研とカリフォルニア大が欧米や日本など、世界中で争っている。関連特許はかなり細かく、出願は数百件にのぼる。商業利用が広まれば巨額のライセンス収入につながる特許争いの行方からも目が離せない。

 <訂正して、おわびします>

 ▼21日付科学の扉面「ゲノム編集の現在地」の記事につく図で、DNAの二重らせんの向きが左巻きに描かれているのは、右巻きの誤りでした。DNAの二重らせんは基本的に右巻きです。

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