[PR]

 自分たちの行いについて説得力のある説明ができないことの表れだ。政府・自民党が論点のすり替えに躍起になっている。

 日本学術会議の会員候補者6人の任命が菅首相に拒否された問題である。

 記者に理由を問われた首相はそれには答えず、省庁再編時に同会議の「必要性」が議論されたことを持ち出した。これに呼応する形で自民党の下村博文政調会長も、組織の形態や役割を検討するプロジェクトチームを設ける方針を示した。

 政府は、「学術会議から推薦された者は拒否しない」という過去の国会答弁に明らかに反することをしながら、理由を説明せず、答弁と齟齬(そご)はないと言い張ってきた。だがそれでは分が悪いとみて、学術会議の側に非があるという「印象操作」に走っているように見える。

 しかも菅首相らの発言内容には誇張や歪曲(わいきょく)が多い。

 たとえば首相は「会員が自分の後任を指名することも可能な仕組みだ」と、仲間内でポストを回し合っているように言う。だが実際は、新会員を推薦する際には性別や年齢、地域性などに配慮するようにしており、政府の有識者会議も5年前の報告書で「構成に大幅な改善が見られた」と評価している。

 下村氏は「会議は07年以降、答申を出していない」と批判する。これも、政府が諮問していないのだから、答申が出ないのは当たり前だ。

 一方で会議は、広く社会に向けた発信を活発に行ってきた。今年だけでも教育のデジタル化や移植・再生医療、プラごみ対策など83本の提言や報告をまとめ、公表している。運営経費を除く年間5億円の予算は、こうした見解をまとめる会議に出席する際の日当や国内外の旅費などに使われている。

 むろん現在の組織運営や活動に改めるべき点がないわけではない。絶えざる検証と運用見直しは必要だが、それと今回の任命拒否とは全く別の話だ。

 学問の自由をめぐるミスリードも人々を惑わせる。

 加藤官房長官らは、学術会議の会員でなくても自由に研究はできるとして「今回の対応は学問の自由の侵害に当たらない」と繰り返す。だが研究を踏まえて発表した内容や発言が政権の意に沿わず、不利な人事につながったのは疑いようがない。これでは学者は萎縮し、学問の発展は期待できなくなる。

 科学と社会・政治の関係はどうあるべきか。この重要で今日的な議論を深めることに異論はない。そのために、まず任命拒否という誤った措置を撤回し、議論できる環境を整える。首相は直ちに実行に移すべきだ。

こんなニュースも